れにしてもこの前のバルザックや語学の本はついたのでしょうか。ついているのね。きっとついているのでしょう。
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目録追加。
日本美術の知識 改造文庫上下 中村亮平
トルキスタンへの旅 タイクマン 神近 岩波新書
マリアット ピーター・シンプル 岩波文庫上中下、
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これはいつか私がまだ病気だった頃よんで貰ってお話していたイギリス海軍生成時代のことをかいた十九世紀はじめの小説で、ユーモアにみちていますがなかなか内容あり。これをよむとサッカレーの「虚栄の市」を思いおこします。インドで儲けはじめた時代のイギリスと、シンプル坊主活躍のイギリス海軍の時代とおのずから連関して。
浮生六記 沈復(岩波文庫) これは沈の自叙伝。支那文学中最も愛すべき女とされている妻、芸の追想に、彼の芸術家としての諸芸術への識見が洩らされていて、文学として大なばかりでなく支那の大家族の風習や民法に対する一つのプロテストであるそうです。
『中世モルッカ諸島の香料』岡本良知。これは十五、六世紀のヨーロッパ人の発見航海時代と、香料の役割=モルッカの役割を辿ったもの。モルッカ民族の生活研究もついています。岡本という人は香料史を三田史学に発表していた由。
雑然とした目次ですけれども、丁度東京を去る前にあちこちやけのこりの本やから見つけたものです。
もし国訳(原文対照)支那文学古典をお読みになるのでしたら、国訳漢文大成の文学部が殆ど揃って居ります。鷺の宮にあります。少し送って見ましょうか。
小説ではグスターフ・フライタークの『アントン物語』(これは一八五五、フライタークが「三ダースの弱小国の寄合世帯」から強力な統一ドイツとなった時代のプロシアの市民を描きドイツ文学のリアリズムの始祖としての作の由)。『借と貸』Soll und Haben という原名だそうです。有名な古典だそうですね。わたしは買ってもっているだけで未読ですが。シングの『アラン島』という文庫(岩波)。いつかアランという評判の映画がありました。アラン島に滞在して得た素材がシングの戯曲となったばかりでなく、珍しく伝統的な原始生活が観察されているらしいようです。イエーツがシングにアランへゆけとすすめたのだってね。ラシーヌのお化けを追っぱらいにアランへゆけと云ったのですって。チェホフのサガレン紀行とは又異って、しかし其の作家の生涯に影響したという点で同じように興味あるものではないでしょうか。
神々の復活 レオナルド・ダ・ヴィンチ メレジュコフスキー これは面白いと思っていまだに覚えている小説です。岩波文庫の四冊です。
北方の流星王 箕作元八 スウェーデン史を読物風にかいたので、これは彼のナポレオン時代史を官本でよんで面白かったので買ったままよまなかったもの。
老妻物語 アーノルド・ベネット(岩波文庫、二冊)一九〇八の作で代表的なものの由。わたしは余り知らないので読もうと思って。オールド ワイブス テールズだから、妻というより女連という感じですね。しかしむずかしいから妻にしてしまったのでしょう。
大帝康煕 長与善郎 岩波新書 近代の明君と「支那統治の要道」をかいた本らしいけれど、近頃の長与善郎は文章に流動性が欠けて。
移動させてもって来た本たちは少くて、大した優秀なコレクションでもありません。ほかにセザンヌ、コロー、ゴヤ、ドガなどの本。
さて、島田からおたよりがあったでしょうと思いますが、達治さんが応召しました。七月の中旬に。もと入隊したところの由ですが、八月十日頃こちら辺と同時に相当だったから心配です。のみならず、島田のことが気にかかります。お母さんのことを思うとわたしは切ない気がいたします。速達をおくれて拝見して、すぐ速達の手紙さしあげました。又昨日もかきました。ここからあすこまで何日かかるのでしょうね。以前のときと違いますから、達ちゃんの仕事のあとを人におさせになるということも出来ますまい。
わたしがどれ丈たよりになるのではないけれども、お母さんを思うと黙っていられず、ともかく網走へ行ってお目にかかって相談して、その上で何とか方法を考えたいと申しあげました。こんなに北の果、西の果と心が二つに分れて苦しいことは初めてです。あなたのお気持ではユリが行って、何が出来なくてもいいから御一緒に暮すことをおのぞみでしょう。お母さんのお手紙をよんだとき閃くようにそう思いました。それがあなたのお気もちでしょうと。けれどもブランカとしては、どうしてもこのままあちらへ行ってしまって、どうなるか先の分らない生活へ入るのは余り切ないのです。そちらへ一度でも行って、お目にかかって、あなたがそうしろと仰云れば、ブランカは自分に与えられた義務だと思って、或はもう二度とお目にかかれ
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