遇にも同じようなことが起って、わたしだって巣鴨へ便利で市内で、電話があって、余り危険でないという住場所の必要のために、此だけの辛棒しているのだから、あなたもそう思いなさい、と。そんなものね。
 余りむしゃくしゃしてたまらないと、気つけ薬をかぐように、あの万葉のうたを思い出します。それは新鮮で、いい匂いがして、生々としたそよぎを送ります。自分に向って、かざらしの小百合よ、と思うのよ、いまのまさかに、どんな顔して気持でいるのかよと思うのよ。
 この三四ヵ月の間の私の手紙を並べて思いおこしてみると、世相と共にこういう難破船の崩れてゆく速力のはやさがまざまざでしょうと思います。去年の秋ごろ、先ず細君という積荷の繩がきかなくなって、甲板の上をズーズー、ズーズーと大すべりにすべり出し、寿江子というものが到頭船から落ち、最後に、私が、しっかり荷ごしらえしているために辷り出しはしない代り、船の大ゆれの最後にのこった形です。
 誰も深くその経過を省みず、考えず、ただ心理的に行動して、疎開とかいろんな名目で云われ、とりつくろわれていますが、本質はこういう地盤と条件の生活の急速な消滅の途です。処置のようだが
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