中に一つの美しい人影を照し出しました。それは、牧人でした。牧人は泉にずっぷりとつかってしまって、温い滑らかな水の面に、きもちよい黒い髪で覆われた頭をもたげ、水の快適な圧力に全身をゆだねました。泉のよろこびは微妙な趣で高まりうたわれて居ります、泉は、そうやって浴びられ、身をつけられて、はじめて自分を知りました。牧人の靭《しな》やかではりきった体は、泉に自分の圧力の快さを知らせました。次から次へわき出でて泡立つ渦の吸引は、そこに同じ快さによろこんで活溌に手脚を動かす体がつけられていて、はじめて泉によろこびを覚えさせます。暫く遊んだ牧人が小|憩《やす》みをしに傍の叢に横わったとき、その全身に鏤《ちり》ばめられたように輝く露の珠は、何と奇麗でしょう。
 牧人の自然さ、賢こさ、人間らしくよろこびを追ってそれを発見してゆく様子。
 あなたはあの散文詩を、あなたらしく多弁でなく要約して書いて下さったと思います。詩にあらわされる精神と感覚のおどろくべき奥行きと複雑な統一は全く比類ないと思います。それは本当にどっちがどっちとも分けられません。精神の力がそれほど感覚を目醒ましく美しくするのであるし、感覚の
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