ば春遠からじ、ということを大分会得しているらしいから、ユーモラス乍らすてたものでもございませんね。そして、程々ならユーモラスなのもわるくもないと思うのよ、賛成なさいませんか。堂々とした樹と同じ丈堂々と出来っこないのだし、しゃっちこばって堂々めかして勘ちがいしているよりも、分相当に枝もそよがぬ風にこちらの草はちょいとはためいて見たりするのも愛嬌ではないの? ですから、あの歌謡にもあったでしょう? 嵐のさきぶれが大気の中に迫るとき樫の木が笑うと。それはすいかずらがそわついて樫が擽ったいからだ、と。あの通りよ。すいかずらにしてみれば、パタついて、ほれほれと樹に笑われて、一層安堵するかもしれないのね、草にだって神経があるから、神経の鎮撫として、ね。すこしこそばゆくないすいかずらなんか天下にないのよ。耳の短い兎がどこにもいないように、ね。
 クライフは近頃でのいい本でした、太郎が成長してああいう本をよろこんでよむようになればいいと思います、きょう、イーリンの『時計の歴史』をもたせてやりましたが、まだすこし早いかもしれないわね、ふりがながないし。太郎のためにと思って、いい本みんな国府津へ送ってやっ
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