生しているのかともおどろかれます。
 渾沌についてはきょうはすこし感想があるのよ。勉強をしている人間としていない人間とのたのしみかたの相異ということです。一人の人についてみても、その相異はあらわれるという事実についてです。何も本をよむばかりが勉強ではないが、本を読もうとする身がためには勉強の精神と通じたものがあります。生活の中心から勉強心がぼけると、遊びかたがちがって来るのね。只話していて面白さがつきないという風なところ、或は黙ってそこにいて何か面白いという風な精神の流動がなくなって、何か所謂遊びをしないとたのしみにならないような空虚さが出来るのね。丁度精神の低いものは、くすぐりやわざわざ茶利を云わなければ笑うことも出来ないようなのと同じね。人というものが、対手によって自分というものを表出する方法をかえるということは面白いものね。自分がもしそれぞれの人の高い面でしかつき合われていないとすれば、それは遺憾めいては居りますが、そちらの低さについてゆくにも及ばないことだわ、ね。同じ人に玄関と裏口があるのね、そうしてみると、わたしはやすホテルの室かしら。入口も出口も一つきり。あとは窓きり。可笑
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