はないでしょう。そして芸術のジャンルについて考えればキリストとマグダラのマリアとのいきさつは全く文学の領域で絵でも彫刻でも局部的な表現しか出来ないでしょうね。この手紙は立ったり居たり、わきへ人が来たりの間に書いたもので、きっといくらか落付かないかもしれませんが。

 十月十二日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 十月九日
 今、夜の十時です。何と珍しいことでしょう、この手紙は、いつものように食堂のテーブルの上でかかれているのではなくて、二階の、わたしの大きい勉強机の上でかかれて居ります。
 先々週の月曜以来(咲枝上京の日から)うちは大ゴタゴタになって、疎開手続をして二十ヶの大荷物を作るかたわら、陶器の蒐集したのやたまったのやらの処分をはじめ、わたしは連日台所に立ちづめです。荷作りはコモ包みを専門家が来てこしらえて、発送するばかりとなり、あのガランとした玄関の土間に人の通るせきもなくつみ上げられました。仁王のような男が来てやりました、それはきのうのこと。一昨日は陶器の商売人が来て、七十歳の体を小まめにかがめて午後一杯価づけをいたしました。陶器の方もこの二三日で処分するもの
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