その点でのキャスリンの云わば健気な弱気とでもいうようなものの性質を明かにして居りません、伝記の中で。(マリは、キャスリンの伝記で凡庸さを覆えませんが)ヴァージニア・ウルフが、知脳[#「脳」に「ママ」の注記]的な女の作家で、同じ時代にシュールリアリズムに入り、ああいう作品をこしらえ(ウルフのは全く頭でこしらえたのね)この第二次大戦のはじまりで、シュールでもちこたえられないリアルに負けて自殺したことと対比して、ともかくあの地の婦人作家たちが、一通りならぬ苦労をもって、どの道にせよ拓いたということを考えます。今次の大戦後、イギリスはどんな婦人作家を送り出すでしょう。分裂の方向でない新しさ、健やかなリアリズムが、どの程度甦るでしょうね、サッカレーが出たこと丈考えてみても、その素質がないとは云えますまい。でもイギリスにはディケンズ病みたいなものが流れていて、心情的傾向は、とかく炉辺を恋うて、剛健な大気のそよぎそのものの中に心情を嗅ごうとしない危険があります。キャスリンにしてもそうよ。文学におけるヴィタミン欠乏症です。「風に散りぬ」などと肌合いのちがうことどうでしょう。キャスリンの文章は、殆どメロ
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