ばその本をよむより、自分をよんでいるという風な。「伸子」のとき「暗夜行路」がそうでした。三四年の間、机の上にある本と云えばあれきりで、やっぱりリズムが合ったのね、それによって自分がよめたのでしたろう。旦那さんの批評家ジョン・ミドルトン・マリは、善良な男らしいけれども、キャスリンは、自分と全く似ていると云っています。これはつまりキャスリンが作家なのに、作家に似た批評家というのはどうかしら、ということになるのね。キャスリンは感受性が柔軟で繊細で、心情の作家だったようです。彼女が永い間、内へ内へ感じためるだけでまとまって表現しかねていたものが、愛弟の戦死によって、一つの焦点を与えられ、ニュージーランドで暮した生活の再現に集中してから、いい作家になったということには深い示唆があると思いました。前大戦前後の動揺の中で、キャスリンは、安易に作家になり上るためには、本もののテムペラメントをもっていたのでしょう、頽廃にも赴けず、空粗[#「粗」に「ママ」の注記]なヒロイズムのうそも直感し、人間悲劇を感じ、何か真実なもの、心のよれるものを求めて、感受性の内壁ばかりさわって苦しがっていたと思います。マリは、
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