くなってしまうのでしょう。きめの緻密な大理石が、とけて、軟くなり、重く芳ばしくなってゆくのはどんなに面白いでしょうね。
 散歩に来る人間たちは、決してこの不思議を知りません。台座にこう彫られてあるのを読むばかりです。「いのちをかけて めでにき」と。実に微妙な光線の彩《あや》で、それらの綴りが、こうもよめる不思議を見出すものはありません「その胸に よろこびのしるしをつけん またの日」。
 活々とした人間の世界には、数々の不思議があります。そして、それはみんな、人間らしさの骨頂の人間たちがつくるいとしいいとしい奇蹟です。奇蹟の発端は、純潔なこころの虹であったのでしょう。坊主が永劫地獄におちるのは、それを方便にしたという丈で充分ね。
「石炭王」をよんだつづきでゼルミナールよみはじめました。お読みになっているでしょう? わたしは初めてです。ゾラの小説の肌合いがなじみにくいところがあるけれども、描写の根気づよさにはおどろきます。あの時代の作家たちは、腰をぐっとおろしたら、なかなかのものね。シンクレアなんかは、ほんとに観察しているのかしら、と思うほど粗末で、素描的です。
 炭坑の黒さ、重さ、やかま
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