立てるわけはないのですものね。桃太郎のお伴の猿や雉ではあるまいし。
 一昨日の雹でうちの南瓜の葉っぱ穴だらけよ。胡瓜が小さく実をつけました。トマトも夏の終りになるかもしれません。
 きょうも涼しいこと。おなかを大切にね、冷えないようにね。東北は水害相当の由、麦も雹で大分やられました。

 七月二十五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 さて、やっと一騒動終りました。くたびれて、眠たあいけれども眠る気もせず。これをかきはじめました。このインクは、風変り、当節のものです。何と云う名かしりませんが、アテナなんかないらしいのよ。小ビンをもって行くとそこにあけてくれます。普通では学生でないとインク売らぬ由、そこのおばさんは――動坂の家へ曲る角の交番(大観音の)あの角の店――わたしが小学生、女学生となってゆく姿をよく覚えているそうで、マアお珍しいと売ってくれました。インク一つに、これ丈の因縁がもの申すとはおどろきます。大分うっすりしたものね、でもおばアさん自慢して、これだって、うちのは水と粉と分れたりはまさかしませんよとのことでした。手帖のなさ、書く紙のなさ、インクのなさ、雪深いと
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