椅子で本よんでいます。過労で弱ったのですって。注射していい由。このひとも、東京千葉と、落付かないために、過労にもなるのね、台所で私の動きぶりを見て、びっくりしていました、大した上達だって。けれども、これで又仕事したくなると、例のお笑いになるおったて腰で、旋風的になって来るのです。
 きょうはこれから姉と妹とで、ちょいとした罪悪を犯します、寿が自分用というひとかたならぬ砂糖をもち出して、コトコト煮るものをやって、私にふるまってくれるのですって。御免なさいね。二人遊びの日だから、わたしだけ袂でかくして、あなたに知らせ申さないということが出来ないの。おまけに、私の着ているセルは、筒袖でしかもゴムでくくれて、ニュッと腕が出ているのですもの。
 そんなことをしているうちに夕方になり、夕飯をしてやって寿の里帰り(やぶ入り日)も終りとなるわけです。
 私は、小使帳の整理や日記やあるのよ。二階のテスリに干しておいたネマキが風で落ちているのを見つけましたし。
 きょうはすっかり夏になりました、室内で七十八度あります、あしたあたり又グッと冷えるのでしょうか。
 大観音よこの交番のところを入って動坂の通りへ出たら、あの途中の右手の養源寺に都指定史蹟として、西村茂樹之墓と札が立って居りました。よく通った頃はそんなに、いつもおじいさんの前を通るような気のする札はございませんでしたね。あの通りを、あなたは早くお歩きになったことね、わたしはすこしかけるようについて歩きました。ではね。

 五月十五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 五月十五日
 今週の二人暮し日は妙な日どりになって、先達てうちのように、土、日とはゆかず、月曜の少しと火曜日ということになりそうです。今週は東京にいて、日曜日の防空演習に出てくれて助りました。たまには、こうして東京にいるのがいいわ、十一日に、開成山に行っている女中さんの一人が一寸来て、今日まで居て、大きい洗濯などして行きました。十六日から月番という当番で、隣組全体に関係するから、すっぽかしがきかず時間的に私一人ではやれないので、咲が十七日頃来るのでしょう。あの組も半月ずつというようなところで、出入りが頻々ね、そして、御本人が手紙見に行くから、面白いものです。この頃はいい身分になったね。どうして? 手紙がたのしみで、さ。ほんとだ。こんな問答けさいたしました。そして、けさは、私の目の前に(そのときわたしは食堂の椅子にかけて、あなたのネマキのつぎを当てていたの)ハイとお手紙出してくれました。おや。一人? うらまれそうだと云ったら、僕にも来てる、自転車がついたって、というような工合でした。わたしのつめてやる弁当をもって只今出かけたところです。
 咲が来て下旬一杯居りましょうが、その間に、家の大半をあけわたすための片づけをやる由です。
 達治さんが折角上京するのに、ガタついて気の毒ですが、それでも妙にせまくるしく暮すようになってからよりはいいだろうから、本月下旬だといいと思って手紙出しました。大体の方針では、今わたしの使っている二階全体と蔵の前の六・四半と、洗面所、便所、湯殿と一かたまりに仕切って、そこで台所も出来るようにして、私と国とが暮し、表側全部を開放することになりましょう。この仕切りかたですと、下の二間で、国咲がまとまれるし、上は私が、私一人で勉強もし、ねることも出来、一寸した一人の食事は出来るし、けじめがあって、ようございます。わたしは、やがては、もっと時間をとって仕事も勉強もしとうございますから。一人のときは主として二階で書生流にやれたら手間も省けてうれしいと思います。疎開の家族は、気が立っていましょうから、受入れる側が普通の家庭の形式を保っていて、夫婦、子供と揃っていたりすると、細君同士、旦那同士の感情がむずかしいでしょう。うちのように、姉弟で、あっさりやっていると、比較してこっちはこんな落付かないのに、あっちは水入らずでのんびりというようなことがなくて。十何年か前、一つ建物の中に人はどんなに暮すか、という共同生活の大典型を見ているから、その欠点も、やりかたもいく分合点していて、それは、こういう生活様式の大変動に当って、少なからず私の自信となって居ります。「井戸端の移動」式にならずにやる確信があります。ただ、電気、ガスなどのメートルが、共同だと、モン着はそこからでしょうね、困ったものね。昔、大銀行だった大建物の廊下に並んだ一つ一つの夥しいドアが、其々一つずつ木箱とケラシンカ(石油コンロ)を並べて、眼路はるか、という風に見えていた都会生活の姿を思いおこします。
 国はいよいよ事務所を閉鎖いたします。それがたのしみで、上機嫌よ。やめるのもいいが、のんびりして、国府津だ、開成山だと廻って暮して、つい二年経ったとい
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