するなんて、わたしとしたらほとんど大人になってからはじめてで、そのとき国男さんが一緒だなんて。何てにくらしいんだろ。肝心の旦那さまに、わたしは一口だって、こんな気分でたいた御飯をたべさせることがなかったのよ。畏れつつしんで、しかるべしよ」と。「だから定期進呈したじゃないの。」そうなのよ、市電が一系統十銭ずつになり、往復四十銭かかることになりました。定期だと、いくらかよいのよ、それを買ってくれたというわけ、団子坂―池袋。れっきとした勤め人ですものね、わたしだって。うちでは出勤といえばそちらと合点しているのよ。
それから前の交番が廃止になって空屋となりました。前の通りはそのために夜不安心なところとなって、おそくなると一人で歩くとこわいわ。ちょいと横に入ったところにはバカが出たのだから。きっといまに大通りまでのしてくるでしょう。
うちでは門をしめておくことにしました。そしたら早速となりの万年筆工場でも門をこしらえたわ。同じことを考えるのですね。うちの門は、よごれたりと云えども白い格子の低い門ですから、今はそこを透して狭いところの左右の緑やバラのアーチが見えて、この通りでは一番人間らしい感じを湛えています。しかし竹垣が大ボロで貧乏を語っては居りますが。だから目のきく泥棒なら入るまいと思って居ります。目白とちがって、ここは戸じまりよく二階の寝るところは、廊下もちゃんと鍵がかかりますから、御安心下さい。トタンの庇がベカベカ云うと、猫なりや泥棒なりやと胸をドキつかせるにも及びませんから。あの頃はこわかったことね。一足入ったら、もう顔つき合わすしかなかった狭さだったから。ここは泥さんにとっての迷路よ。大きい家というのではなく、どこに何があるのか分らないから。そうでしょう、住んでいる人間にも分らないみたいなんですもの。昔大笑いしたことがありました。入ったのよ。戸棚片はじからあけてありました。ところが、その頃母が存命で、母の作品である風呂しき包がどの戸棚にもごたつみで、その一つ一つあけてみても、えたいの分らないボロばっかり、あいそつかしたろうし、仲間の一つ話になっただろうと笑いました。今は、もっともボロとも云えないけれど。注意いたしましょう。
犬たちは有益です。でも集金の人たち犬ぎらいね。どうして、どこでも吠えられるのだから好きになってしまわないのでしょうね、わたしは狂犬以外には自信がありますが。けさもガス屋、巻ゲートルで血相かえて、手に瓦のかけをつかんで犬を追っかけるのよ、憎らしい腹立つ気分も分ります、でも気の毒ね、沁々そう感じました。大丈夫ですよ、と云ったら、息はずまして、うちの人には大丈夫かもしれないが、くわれてからじゃ間に合わないからね、って。人生を感じました、そういう人の。嶮しいものです。
でも犬がワンワン云うのでおや、誰か来たかと思い、わるくありません。クリと熊はどうして育てましょう!〔中略〕
太郎が、十一歳頃から少年の後期を田舎の中で過すのは実にようございます。つい先日午後学校からかえって出かけ、夕刻おそくなっても戻らないので心配していたら、ドジョウ二匹獲もので揚々と引上げて来たのですって。〔中略〕
わたしの二つの肺の悪戦が、あの範囲で終ったのなんか、みんな、早ねすべし、早おきすべし、面会に来るべし、体温はかるべし、べしべしづくしで泣面しながら、大したごま化しもしなかったおかげと、今は心から御礼を申します。あなたがあの位強引にして下さらなかったら、私はきっとジャジャ馬を発揮したでしょうから。わたしのはじぶくり従順というようなところがあるのね、どうして、とかく初めじぶくるのか、可笑しなわたし。
あの写真はやはり役に立ちます。こんなことが一例で。普通、風呂のとき洗いもの一緒にやるのよ、家庭では。わたしは、それが疲れすぎて、いつも二つ洗うつもりが一つか、一つも出来ないのです。あれをみればそれがあたり前ね。ですから、わたしは風呂と洗濯とは別にするのが自然なのです。二日にわけた仕事として。そうすればちゃんとどちらもやれるのだわ。そういう自分としてのやり方が分って来るのも、働き馴れとともにああいうものが参考になります。わたしはよっぽどありがたく思っているのよ、べしべしづくしの成果に対して。謂わば、わたしの一生を救ったようなものです。
五月七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
五月七日
きょうもいい天気になりました。今、もうすこし暑くなりかけましたが、種蒔き終ったところ。例の楓のつまみな[#「つまみな」に傍点]のところを耕し直して、少し日かげだから韮の黒い種をまきました、それからおとなりとの境のところへ、ヒマを少々、あれは大きくなるのでしょう?
一休みしていたらキューキュー仔犬の声がするので、北側あけてみた
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