で。そうしてみると、と自分に思うのよ。この六年来、世の中の違ったこと、それにつれて自分の成長したことと思われました。十三年の頃にはわが身一つに霜のきびしきという感じがあるのね、霜がおりはじめると、高い木の、その木の更に上の梢から色づきはじめるものなりという自然観察に立った会得が乏しい感受のしかたでした。一葉の紅葉に秋がわかるという大きいうけかたではないようなところがあって。其というのが、あの時分は、丁度、やっとレールにのって、汽車が動き出して、まだ幾丁場も進行していず、せめてあすこ迄はと行きたいところがあったから、その痛切さがああ映っても居りましょう。何だあの汽車は六七年前に車輪をとりかえて元のがつかえるのに新式改良だなんかと熱中して、みなさい、走らないじゃないか、格納庫にいるきりじゃないか[自注16]というのはくやしかったし、更に更に何、あの汽車を扱って車輪の入れかえなんかさせた人間の腕がよくなかったのさなんかというのはどうにも我慢がなりませんでしたからね。いろいろの時代のいろいろのこと面白いことね。
 十九日のお手紙、羽織今日着いた以下数行何となし汗ばむような気もちで拝見しました。わたし今風邪気味ですから、どうかあまり汗ばませないでね。くしゃみになって風邪がこうじます。涙もすこし出たいようになるし。おだやかな慨歎というものは身に沁みるものねえ。わたしは一生折々この種の慨歎をあなたにさせて、もしいなくなったら、一番なつかしいその人の特徴として、ああ俺は何度ブランカには追かけ式家政学のことを云っただろうとお思いになるかもしれないわね。或人が書いています、愛するということは欠点をさえいとしく思うことだ、と。何とかしてこれを牽強附会出来ないものでしょうか。御免なさいね。
 護国寺の本やから駒込郵便局へまわりました。郵便事務というものは実に大したものね、従業員はもっともっと大切にされていいと思いました。それに印《ハン》というものはこの種の仕事をどれ丈煩雑にしているでしょう、署名にもちがった煩しさがあるかもしれませんが、十人足らずの人間が些少の金銭を出して貰うのに四人ほどよ、印のことで用の足りないのが。自分もその一人でしたが。中條の印も持って歩かなくては駄目ね。ここの家の経営は日常費は、国府津を貸したものでやって行くことに相談をきめて、其は私がとることにしたら第一回に印です
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