。ここの家の仕来りとしてこれ丈独立性をもたせたのは/はっきりさせたのは、[#「独立性をもたせたのは」と「はっきりさせたのは、」は2行]姉さんの名案と四月来の勤勉の結果です。後者がより多くものを云って居りますね、公私混同せずという信用が大したものでしてね。姉たる又難いかな、ね。それから重い緑色の風呂敷包み抱えてエッチラオッチラ家まで歩きました。その中にはポリタミンと同じようなものが入っています。これももう無くなるというので三本もっているから重かったのです。そして庭から廻って食堂へ入ったら、今すぐ出て来そうにそこいら中とりちらかして寿が千葉へ帰っています、年末で配給が困るのだって。近々又参ります。あの人のいるまわりはタバコの粉でへこたれです。わたしはどうもタバコ好きになれないの。
 すっかり(ざっと)掃除してパンをむして御飯たべ、これをかき出しました。もう四時ね、そろそろ馬崎が来ます、これは開成山へ送る荷のことで相談に来るのよ、家具を送りたいのですって。それがいいわ、ここがもし疎開にでもなれば、来年迚も今ほど運べますまいから。
 六時十五分迄に電球もって日暮里駅へ行きます、凄いでしょう、先生、書生の暮しはこういう風よ、卯女の家で電球がなくて百燭つけてハラハラしているのよ(電球隣組配給、今切りかえで市中で買えないものだから)灯が洩れるところへ丈盲爆がきますから冗談でないでしょう。だから二つの補充球を寄附しようというわけです。母さんが放送して帰りに日暮里まで廻るのよ。こうですものね、女性お気の毒です。
 きょうこそ又七時に床へ入りたいと思っていたのに、今夕飯終り九時五分前です。三行前のところで八百やの配給があり、一時間十五分立ちん坊いたしました、そして暗くなりきらぬうちと大いそぎで御飯たいて、日暮里へ行きました。靄のふかい月夜で、感情を動かされながら歩きました。十一月下旬でもこんな靄のこい夜がありますね。九時すぎ、ボーが鳴りそうだから出してしまうわ、ね。これで。

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[自注15]十三年の封鎖――昭和十三年頃、中野重治や百合子等に対する執筆禁止の措置。
[自注16]格納庫にいるきりじゃないか――この手紙を書いた頃、百合子は二度めの執筆禁止の状態におかれていた。そのことをさす。
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底本:「宮本百合子全集 第二十二巻」新日本出版
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