で、そのために、地下室のいいのがあって、この節はボーと云っても子供や年よりは知らずに眠っているのですって、その中で。そこもかかるらしいのよ。その先住人は、牛車馬車をつらねて故郷なる岐阜へ引あげたところ、本郷にはまだ一発も着弾いたしませんが、あちらにはもうパラパラ。おどろいて居りますって。そうでしょう。この頃の人と住居とかくの如し、ね。寿江子の方もやや同じわけで、どこかへと思いますが、あのひとはもう当分あすこを動かないつもりのようです。今あの年ごろの女のひとは挺身隊召集をうけ、寿は、あちらならば、女学校の音楽の教師をすることが出来、生活的にも基礎が出来ていいらしいのです。どこにいたって、と目下のところ確く心をきめて居ります。経済事情も安定していないから、女学校にでもつとめて月給をとり、勤労報国隊の方も兼ねるというのが、あのひととしてはいい方法でしょう。
東京その他、そういう便宜のないところで工場働きはあの健康がもちますまい。大分丈夫にはなって居りますが。寿のこの頃の雰囲気は、何となし寂しい人(本人がそう感じているいないは別として、よそめにうける感じとして)のところがあって気になります。光沢がうせて。あのひとの光沢は、何と云ったってゆとりから丈のところがありましたから。今の家は電燈もないのよ、都会風の意味では障子もないのだって。寂しいようにもなるわね、東京へ出て来たって昨今のように夜がこわいと、自分の生れた家へは泊れず、つい坂一つあっちの春江のところにとめて貰ったりして。本当に本当に気の毒です。
きょう帰りに、正月号の雑誌をしらべに本やによりましたら、十二月の『文芸春秋』はまだ出て居りませんでした。未曾有のおくれかたです、お正月に十二月号、正月下旬に正月号となりそうです。紙の都合その他ね、すべてこの順で、年鑑もいつ頃出るでしょう。本は殆ど全く新刊はありません。
隣組の用事で、ちょいちょい立ったりしてこれをかいているうちに、もうすこし薄ぐれて参りました、寒いことね、今眠さむなのです、眠い眠いの。そして伝八さんの細君は参りません。三時すぎてはもう来ますまい、夕方の用があるから。
今夜ユリはホクホクよ、早く御飯たべて、さっさと七時になるやならずにねてしまう計画です。夜中におきたって、其なら幾分寒さもしのぎよいでしょう。
今時分横になって何をしていらっしゃるでしょう、
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