さい作品だと思われるところが、あれの独得な点ではないでしょうか。読者があの作品を興味をもって読むにはよむが、よみ終ったあと、自分にのこされた問題、人生課題というものを感じない。これはあれ丈細部が描写され力づよく彩られているにかかわらず、顕著です。「二十日鼠と人間」、又は、「誰がために鐘は鳴る」、などは、描かれている世界にリアルに案内されるばかりでなく、読者は更に現実の人間悲喜の裡にあって、まだ描かれていない人生の諸局面について、真実の存在について、感覚をよびさまされ、それらについて思いをやるだけの想像力の刺戟をうけます。結局大きい作品というのは、読者に、どれ丈人生の諸真実への関心をさまさせるか、という点にかかっていると思います。大作というものの真の価値は、そこね。
 人間情熱の悲しい浪費(バトラー、スカーレット)を描くところで現代文学の限界はつきているでしょうか。そうではないと思います。ヘミングウェイの例をとってみると、彼は「持てるもの持たざるもの」、という漂流的人間誠意――生きる努力の悲劇を描いた後、「誰がため」まで、ともかく漕ぎ出て居ります。点を甘くしても、現代文学の発足点、ドンと鳴ってかけ出す線はそこまでは来ているわ、ね。
 そういうところから云うと、「風に散りぬ」は古い作品です。題材が一八〇〇年代であるばかりでなく、作者の人生への角度が、気強い悧発な強情女らしい古さをもって居ります。
 この頃、そちらに待つ間に「アメリカ発達史」をよみ、南北戦争の時代のところなど大いに面白うございました。所謂再建時代の悲惨の根底も分り、あの作品がその具体的なところをよく描いていることも一層よく分りましたが、しかし、というところが、芸術というものの急所なのね。あの歴史の方が、本質的には芸術的です、何故なら、そのときどきの具象性を一貫した人間の発達の道程というものをとらえて居りますから。題材は雄大ですが、やかましく云ってあの作品に本当のテーマはないのよ、あの作者は、その時代の波瀾推移に興をもったでしょうが、其の波瀾が何に向っているか、という一本の生命はつかみませんでした。
「アメリカ発達史」は、うまく整理されているいいテクストですね、もしあの参考書がよめたらさぞ面白うございましょう、そしてね、あれをよんでいるうちに、アメリカが「新世界」であったわけがまざまざと分り、同時に憲法とい
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