マ」の注記]が渡ったせいでしょうか、それとも二つの息があまり美しく諧調を合わせたせいでしょうか。
きょうは十日です。鴎外の翻訳だと、「楽《がく》の音はたとやみぬ」とでも云いそうに、旋律は途絶えました。あすこ迄書いていたら寒気がして来てたまらなくなったので、早速熱いものをのんで、ゆたんぽをこしらえて床へ入ってしまいました。夜の九時頃まで眠って目がさめたら、寒気はとまって、おなかがすいたのが分ったので、おきて御飯こしらえてたべました。働きすぎや何かで疲れたのね。八日のひる頃、そちらへ行こうとしていたら、寿江から電話で見舞いに来てくれました。八日の晩と九日の晩は、数日来になくよく眠って、大分きょうはましです。眼がすこしマクマクぐらいのことで。寿はきょう一寸千葉へかえり、明日又来てくれる由。「いくら壕があったって、たった一人おいておくなんて」それが本当よ。心もちの上では、ね。壕が丈夫だから一人でいいというのなら簡単ですけれど、もし万事それですめば。
この間うちから落付いて書きたいと思っていたことも、間奏曲が入って来てしまいましたから、これはこれでまとめてしまいましょうね。こんなに凸凹したような手紙、珍しいし、へばり工合が、おのずから窺われもいたします。本もののときなんか、たった一人というのは、あとの疲労の重さの点からもよくないと思います。段々こんな風に修業してゆくうちに抵抗力もますのでしょうが。
多賀ちゃんから手紙が来て、いつでも行くと云って来ました。どちらにいてもめぐり合わせだからと小母さんがおっしゃるしって。けれどもやっぱり来て貰うのは先のことにいたしましょう。第一国男がこれから先どの位田舎暮しをするのかそれも分りませんから。あのひとは、多賀ちゃんがいくらか気づまりなのですって、「馴れていないからね」。きょうは、いいものが島田から参りました。栗よ。いつもあすこのは見事ですが、もう今月から一切こういうものの荷物は送れないことになりましたから大打撃です。とくに開成山から全く野菜が来なくなるのは厨房係には涙ものです。では別に。
十一月十九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
十一月十九日
きょうは少し嬉しいこと。雨が上ったばかりでなく、久しぶりで一人の時間が出来、家にいることも出来、ゆっくり書くひまが出来ましたから。金曜日に、風邪がうつって、と云っ
前へ
次へ
全179ページ中158ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング