れなり消えずにいく分人間的固定の感があって。気のこまかい人、それを自分のプラスの面と心得ているような人は、我からもまれるのね。秀吉が大気ということを人間鑑定の中に入れたことは当って居りますね。才人が才に堕さない唯一の道は鈍になり得る力があるかないかのところね。対人関係の中に終始しないで、電気一本しっかりつかまえている丈で、人間も違いが出て(四十代でめっきり)大したものね。きょうはこれからそちらよ、では。

 十一月四日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 十一月四日
 きょうは雨も上ったし風もないし暖いし、いい日になりました。ブランカは、今、洗濯ものをして来て、キモノをきかえて、食堂のテーブルに向ったところです、煙草が吸えるなら正に一服というところです。十時すぎに、国と、手伝っている事務所の女の子が開成山へ行きました。一人よ。ですから全く二人きりなの。
 三十一日の次の一日が空襲警報だったし、二日はそちらへ行って、夜、どうかして疲れすぎて心悸亢進したりし、三日はきょう立つというのでソワソワで一日中落付きませんでした、雨がひどかったしね。こうやってしずかで、二人きりなのは大変休まります。ゆっくり一日休めるような日は、あなたはほんとに少ししか口をお利きにならないことね、殆ど一日用のほかはものを仰云らず、体を楽にして軽いものをよみながら、そういうしずけさの中に充実している心もちよさを吸収なさいます。きょうなんかは、確にそういう日よ。わたしも同じ沈黙の賑わいを感じ乍ら、ゆっくり台所をしたり本をよんだり、心から愉しいでしょう。
 国男の事務所は、十一月一日からボカシのような工合で、内容が入れ代り、事務所のカンバンは出ているそうですが、所員は国一人で、協電社という小さな電器会社の本社となりました。国は十年ほどそこにひっかかりがあって、今度は何をするのでしょうか、ともかく、そっちへのびるようすです。あの人とすれば、不鮮明な外観をとりながら、父の没後負担至極であったものを閉じてさぞ気が楽になったでしょう、半日ばかり開成山へ行くと出かけました。
 さて、十月二十日のお手紙、二十七日のお手紙、そして、十一月一日の分、どうもありがとう。十七日のための歌謡やタンボリンが、お気に召してうれしゅうございます。「多少ユーモラスな」すいかずらは、自然のめぐりは健やかであって、冬来りな
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