よみました。アンは利口な女性です、本をかくにも、話術を忘れません。女らしくきのきいた(機智のある)ものの云いかたの中に批評も反駁も主張もふくませる、という調子で、アメリカの所謂上流文化人の社交性の文字化されたような味があります。スカーレットの、何ぞというと男の眼ざしなんか丈気にしていた時代の女の利口さ[#「女の利口さ」に傍点]が、どの位前進して来たかを感じさせます。そしてアンは御亭主自慢を実に上手にいたします。一つだって直接に称讚なんかしないわ、もっともっとタクトがあって、リンドバーグと他の飛行家の談笑ぶりの間にリンディーの頸首のしっかりさのわかる好もしさのわかる会話を入れたり、北千島の濃霧にとざされたときのリンドバーグの勇戦ぶりを、全く飛行の側から、自分の恐怖の側から書いたりね。首ったけ、というところをいかにも器用に、読むものにもリンディーの好ましさと思わせるように話していて、一寸あれ丈のコツのわかっている女は、女流作家の会、あたりには見当りません。アンの精神はなかなか強靭ですし生活の幅もあります、こういう人が、ギャングに自分の子をさらわれて殺されたことを、自分の国の現代というものの実情としてどんなに感じたでしょうね。アンの心の底には、アメリカという社会について、解答のたやすくない疑問、或は質疑があるわけです。
 アンのこの本をよんでも、アメリカの愚劣な宣伝マニアが分り、アンがへこたれて居ります。例えばね、アンが飛行機にのろうとして到着すると、婦人記者がつめかけて来て、「お二人のお弁当に何をお入れになりまして? 奥様全アメリカの婦人が知りたがっていることでございますわ」という風にやるのよ。日本の記者の愚問も相当ですが、幸なる哉、まだ家庭欄[#「家庭欄」に傍点]は、こんなおそろしさで全日本女性の好奇心を発揮いたしません。その上、一人の記者がデンワかけているのがアンにきこえます、「彼女は皮の旅行帽をかぶり、なめし皮のジャケットを着て厚底の靴をつけている」ところがどうでしょう、つい鼻の先にいる当のアンは木綿のブラウズをつけてズボンつけて、汗かいて、マアこの暑さに皮ジャケットなんか生きている者がどうして着られよう! と思って、びっくりしているのよ。
 アメリカのそういう愚劣な宣伝病と暴力沙汰――すぐピストルを出す――は、アメリカという国柄の特徴のマイナスの半面ですね。勝っ
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