をたのんでいた村田という洗濯やの父子をすすめて、そちらへ行きました。団子坂上の細い道へ曲った角の三角地帯にとりついた小さい家にカンバンもかけずやっていました。息子が若くて腕がよかったのが今年春死に、六月に女房も死んだのですって。すっかりつんぼの六十ほどの爺さんと十四の末息子がいて、いかにも気の毒だし整備で廃業し、何か転業したいというし思いついてあっちへ行けてようございました。この間雨の日、この祖父と孫ほどに見える父子が、さすがキチンとアイロンを当てた服を着、爺さんゲートル巻き下駄ばき、白い風呂敷包みを背負って(炊事用品)息子、カバンをかけ、小さい包み二つもって、つれ立って玄関に立っているのを見て、哀れを感じました。女房を失った老年、女親を失った少年、どっちも気の毒ですね。
 その爺さんは大柄で、四角い顎をしていてわたしは奇妙に親しみを感じます。住心地がよくてありがたいと、きのう礼に来ました、安心しました。骨ぐみが、がっしりしていて、それはどこやら島田の父上のお体つきを思いおこさせるようでもあったりします。こころもちの近づきかたのモメントは微妙ね。「風と共に」に教えられたのでもないが。もう紙の表と裏に書かなくてはうそです、少くともペンでかける紙を使いたいと思うならば、ね、我まんしてよんで下さいまし。
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〔欄外に〕
 こういう紙の使いかたは、もう昨今では玄人(書くということについてのよ)しかしない贅沢に近づいて来ました。
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 十月一日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 九月三十日
 いま夕方の五時。うちにとって、極めて興味ある歴史的アントラクトの時間です。というのは、きょう、博物館から国宝鑑定専門の人が来て、うちの陶器の蒐集の鑑定をして居ります。そちらにかかり、わたしは、さっきまで限りない古い箱の整理に埃まびれとなり、一寸腰かけておイモたべ休んでいるところです。
 わたしの荷物を運んだ男が、すこしまとめて荷を動かす方法を見つけそうなので、咲が上京し、家具の必要品を送るについて、その費用の捩[#「捩」に「ママ」の注記]出かたがた、この際大整理を敢行しようということになりました。日頃云って居たことがやっと実現した次第です。きょうは1/3ばかりのものを並べました。が、わたしは並べられたものを見て、一種云うに云えな
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