「誇と偏見」二冊、「デビッドの生立」三冊、モンテスキュー「随想」(?)、「テス」(一冊)、メレディスの「エゴイスト」二冊その他、是非これで読まなくてはというものもないわけです。そう思って帰って来て、重い袋かかえて門入ろうとしたら、往来で遊んでいた太郎が「おかえんなさい」とよって来て、「写真メン買っていい? 向日葵の種買うのに五十銭もらったのをやめたから」というの。「写真メンて何なの」「メンコノ写真の。ね、いい?」「誰にお金もらったの」「台所にあずけてあるの貰ったの」「一ついくら」「一つ三銭」「五つ買っていい?」「いい」と云おうとしているところへ、「こんにちは」ひょいと帽子ぬぐ男みたら戸塚の御主人です。マア、何てきょうはおかしい日だろう、さすが防空演習でさわいだ丈あると、何となしこれも苦笑に近い気持がしました。総てのことについて私が全く局外におかれていたということは何とよかったでしょう、五時間(八時まで)縷々綿々として、些末な描写にうむことない話をききました。きいたけれども私に何一つ出来ることはない。「それはそうでしょう? 何も分らないように暮したのだから、この二三年……」其は合点合点しないわけには行かなかったわけです、こういう生活の根本的破壊は、奥さんが、えらくなったから、思い上っているからだそうです。何度も何度もそういう意見でした。私は全く反対に考えていますから何とも云えない次第です。そういう考えかたからここまで崩れたと思い、私は作家の道のおそろしさを切実に感じました。不器用な足どりに満腔の感謝を覚え、謹でわれらの日を祝しました。ブランカのよたよたした四つ肢だけであったなら、果してどこ迄雪の凍った道が歩けたでしょう、その雪の下にだけかたい地面がある道を。郭沫若という作家の紀行に、夜営して第一の日、柔かい草をよろこんで眠ったら翌日体がきかないほど湿気をうけ、石の堅いところに臥た老兵は体がしゃんとしていた、とありました。ハハアと思ったことを思いおこしました。あの当時ぼっとしてあなたに叱られた位でしたが、この頃は自分の心もしゃんと自分の中にあり、自分の勉強についての確信、生活についての確信がいくらかあって、五時間きき疲れたけれども、気分は乱れませんでした。そして、やはり或る距離はちぢめられません。
わたしはね、この頃、その人たち夫婦の間で、自分がどんな調子で話されるだ
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