がし中。『怒りのブドー』は引越しさわぎ中ですこし遠慮して居ります。ツワイクの『マリ・アントワネット』二巻、もしかおよみにならないでしょうか、彼女の一人のみならず周囲も分って面白うございますが。それと、『エリザヴェスとエセックス』お送りして見ましょう、エリザベスの時代がよく分って、あなたのイギリス史の土台で面白いかもしれませんから。伝記というものはこういう仮面のはがされてゆく時代には小説より面白いわね、とどのつまり、いかに生きたかという事実は興味ふこうございます、そして歴史の基石をなします。
今借りた本でアナトール・フランスの『フランスの天才達』というのをよんでいて、これはアナトール流に瀟洒すぎもしますがなかなか面白うございます。「マノン・レスコオ」をかいたアヴェ・プレボウ、「ポオルとヴェルジイニ」のサン・ピエール、シャトウブリアン。等、大革命前後、アンチクロペディスト、ルソー等の影響が歪曲されて現れたロマンティスト達のことをかいて居ります。アナトールという人は野暮ぎらいで、そのために突こみの足りないものをかくことになったのではなかったでしょうか。フランス流の明察はありますが。野暮をおそれぬ大風流もあり得るのにね。アナトールと云えば緑郎は伯林へ行きました。エトワール、コンコード、よく散歩したリュクサンブルグ公園、オペラやマデレーヌ寺院のある大ヴルヴァールが、激戦の巷となって居る由です、わたしのいたホテルから近いモンパルナッスも。ロダンの家のあったムードンの森というのはね、ヴェルサイユ門の外のクラマールという町の外で、いい面白い森でした。そこも大激戦の由。あのポート・ド・ヴェルサイユをはさんで砲火が漲っていると思うと感慨深うございます。郊外は廃墟の由、わたしのいたクラマールのちょいとした家はどうなったでしょうね、緑郎夫妻はいずれはシベリア経由で戻るのでしょうが、それは果していつのことでしょう、さし当ってはどこか山の奥へでもゆくのでしょう。
スターリングラードもああやって歩いた広い通りなんか今どこにもなくなったでしょうし。自分で創り自分でこわしてゆく胆っ玉の太さいかがでしょう、この頃わたしはその点でああ人間よ人間よとうなります。決して哲人[#「哲人」に傍点]のように人間は永遠に愚者也などと思いません。但、こういう胆っ玉の太い、憎々しいほど生きる力のあるものだからこそ、
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