八月十七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 八月十七日
 きのうの夜、七月二十四日のお手紙到着しました。長い旅行を迷わずに来て、なかなかいじらしく思いました。安心いたしました。どんなに手間どっても来たのならよかったわ、ね。
 雹のあとおかきになったのね、ガラスも面くらっただろうとあり、あれがいきなりガラスに当る音思いおこしました。全くね、あれでうちは、トマトがすっかり花をおとされて駄目となり、南瓜の葉は穴だらけ。わたしは喉風邪をひきました。犬を丁度つないでおく時季でした、キャンキャン鳴くのよ、こわいのと、雹にうたれるのとで。台所の古レインコートをかぶって、三和土《たたき》の中へ入れようとして二匹いじっている間に、すっかり雨がとおって、背中がぬれました。そのとき古田中さんがあの孝子の俤をもって来ていて、そのままお相手をしていたら、ぬれたのは乾いたけれど、夜中ドラ声になってしまいました。じき治ったけれども。白藤およみになって? まだでしょうか。
 おなかの調子、ぶりかえしは閉口ですね。あなたの御努力にたよって安心しているしかないというのは、何度くりかえし考えてみても妙な工合です。馴染みにくいことです。でもおかゆになれて大分ましでしょうが、副食物がそれだとなしでしょうから、これ又困ること。どうか早く涼しくなり、おなかもましになり体重も恢復して下さるように。あなたに比べれば、わたしは相すまない位のものだと思います。自分の近年のレコードではあってもね。丁度ジャガイモ一俵分よ、わたしは。
 家のことは開成山からの手紙にも申上げたとおり、成城をきめておいてようございました。学童の次には女、子供らしいから、そのときになっては、もうあすこも駄目だったかもしれません。早速一ヵ月分送っておきました。約束ちがいが生じないために。やっぱりちゃんと移動申告もしてうつります。非常配給のこともありますから。感情上も、あいまいのような印象を与えるのはよくないから。
 八月に入り(七月下旬から)若い友達の良人たち殆ど次々に出征しました。奥さんは大抵一人から三人の子もちでね、大汗をかいてその仕度見送りと働くのよ。なかなかこたえる光景です、三十六七歳の良人たちです。なかには丁度企業整備にあたって失職中の人もあります。収入がないまま出てゆくのですからその気持たるや。文芸のひとね雑誌送
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