立てるわけはないのですものね。桃太郎のお伴の猿や雉ではあるまいし。
一昨日の雹でうちの南瓜の葉っぱ穴だらけよ。胡瓜が小さく実をつけました。トマトも夏の終りになるかもしれません。
きょうも涼しいこと。おなかを大切にね、冷えないようにね。東北は水害相当の由、麦も雹で大分やられました。
七月二十五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
さて、やっと一騒動終りました。くたびれて、眠たあいけれども眠る気もせず。これをかきはじめました。このインクは、風変り、当節のものです。何と云う名かしりませんが、アテナなんかないらしいのよ。小ビンをもって行くとそこにあけてくれます。普通では学生でないとインク売らぬ由、そこのおばさんは――動坂の家へ曲る角の交番(大観音の)あの角の店――わたしが小学生、女学生となってゆく姿をよく覚えているそうで、マアお珍しいと売ってくれました。インク一つに、これ丈の因縁がもの申すとはおどろきます。大分うっすりしたものね、でもおばアさん自慢して、これだって、うちのは水と粉と分れたりはまさかしませんよとのことでした。手帖のなさ、書く紙のなさ、インクのなさ、雪深いところでの生活を思い起します。
昨日二人かえって来て、やはり二人で又開成山という決定でした。その方がいいわ、わたしは迚も駄目でしたから。これから寿が参ります。そして二十八日にトラックが来れば[#「来れば」に傍点]引越します。随分ピンチのところあぶない芸当ですが、親切な人があって、自分が応召になったら、あとで困るだろうと、その急な間にトラックを心配して、そして出て行った由、奥さんが寿の友達です。
咲が大鳴動をしてさっき出発いたしました。国府津で大働きして来て、又ワヤワヤと荷物こしらえてワーと立ったのですから、一通りの鳴動ではないの。妙なものね、去年の春からあんなにちゃんとしろと云っていたのに病気のせいで気にすると云って、今さわいだって夜具も送れなくて。
咲はもう当分来ないでしょう、国は来月初旬かえるでしょう、何かあったらどうするの? そうしたらいつまでだって帰らないよ。いい返事ね。大抵の気では暮しかねるあいさつね。
明日から二十七、二十八、と、こんどは一層根深いさわぎをしなくてはなりません。でも寿も焼けないうちピアノを持ち出せれば幸運だったことになります。三四日のところ、無事ですま
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