いところもあり、又反対に、緑郎とすれば、いろいろの場合、妻の処置について心がなやむでしょう。
ゴンクールの日記をよんだシチュエーションも面白うございました。わたしが風呂たきをしていたの、ひとりで。たきつけに古雑誌をすこし使います。そういう中からふと目にとまって立ちよみしたのでした、何処かの一寸した雑誌。パリの市役所に、義勇兵――国民軍募集のイルミネーションがつけられ、そこにぎっしりと男たちがつめよせて来ている情景などを、ゴンクールは鮮やかに、しかし同情なくその日記にかいて居ります。ゴーチェがこの敗戦で財産をすったとあわてて愚痴タラタラな姿もあります。政治上のこと[#「政治上のこと」に傍点]というつきはなした見かたです。
政治家というものの職業化それに伴う腐敗のために、政治を寧ろ清純な人物の近づかないものとして見る見かたは、現代にも多くの作家を支配していますね。たまに政治的であった男は、又人物の浮薄さを、後々に到って露呈したりして、なおその経験主義の偏見をかためてしまっています。
ここいらのこともいろいろ将来の興味ある課題ですね。「孫子の代」には、そういう偏見がためられ、常識がひろくつよく健やかになったとき、大きい変化が見られることでしょう。日本でも、あああの男は政治家だ、という場合、それは決して信頼すべき人物だ、という同義語ではないところに、いろいろのことがあるわけでしょう。人間学通暁者、歴史推進者が政治家である、という観念がゆきわたり、そういう実在が見られるには時間がかかることです。
フランス人は政治家ずれしているところがありますね、精神史的に。又、政治くずれの面もあるようです。偉大な出来ごとの、真の偉大さを把握しないで、フランス人の皮肉・辛辣さでかたづけてしまうところもあります。フランス人のこの特色を、バルザックは立腹して居ります、立腹するバルザックを好しいと感じます。しかも彼は、その人間らしい立腹に足をとられて、自分を、折角怒ったのに、その甲斐のないようなところへもって行ってしまいましたが。
この手紙はここで終りにいたしましょう、もう九日の午後よ。六、七、八と経ちました。たった一行の間に。今も亦一人です。アイロンがピシリピシリと微かに音をたてながら熱しています。わたしは、暑い日ざしを見ながら、あなたの血便はどうなっただろうと考えて居ります。アドソルビ
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