す、もう七月とは、と。今年の早さは、早さというよりも遽しさであると思われます。時の迅さに、人間の足幅が追いつかず、工合わるくエスカレーターに乗りでもしたように、とかく重心がのこって、足をさらわれ勝の生活ね。去年の七月初旬は、まだやっとのろのろ歩き、妙な出勤をやっていて疲労し切って居りました。ことしは、其でもこうやってモンペはいて、警報の準備もし、にしん[#「にしん」に傍点]を煮ている間に手紙もかきます。
 おなか、いかがでしょうか。なかなかどこでも困ります。今鳩ぽっぽと共同食料のように豆入り飯ですが、こまるのは、消化がよくないという外に、くされやすく、今のように一晩経なければならないと、涼しくしておいても「ひる」はピンチになってしまいます。堅固なパンでも欲しいことね、近代武器に対処するにふさわしいような。呉々お大事に。シャボン、使いかけですが御免なさい。唯一の貴重品でした。夏のあつさ考え、なしでおすましになることはよくないと思って居りました。これからも仰云って下さい。何とかします。あなたを、丈夫な大事ないい布地と思いなして、浴用がなければ洗濯シャボンさし上げましょう。まなじっかの化粧用[#「化粧用」に傍点]より万一、もとのがあれば、その方が本来の性質と用途に添ったものですから。シャボンよ、シャボン、こまかい泡をきれいに立てて疲れをそっくりもって行け、よ。
 きのうお話した森長さんからのことづて。全く全く、というところですね。あの人がああというのではなく、誰も彼も。そして、こうも思いました。わたしが小説をかくということは、これでどうして大したことなのだ、と。テーマのない小説というものはないでしょう(かりにも小説と云えるものであるなら)テーマはいつも核をもっています。其こそ大事で、万事のうちにテーマとその核とを把握するということ、直感的に把握するということ、更に其を科学的探究で整理し、核がもつ本質を明瞭にしてゆこうとする情熱をもっていること、これは芸術的[#「芸術的」に傍点]と云うべきなのね。人生そのものへのくい入りかたの意味で、まさに芸術的なのね。
 一本人生のテーマが通っていて、それを生涯を通じて完成してゆこうとする人生態度の芸術性こそ、トルストイの知らなかった人生派の芸術だと面白く思います。芸術のきわまるところ、即ち生活そのものの創造的意義だということは実に面白い
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