たら八時です。
ことしの夏はね、自分がすこし丈夫になったら、悲観のことが出来ました。のみ[#「のみ」に傍点]問題です、ことしはうちにノミが多くて、わたしは特にたべてみて気に入られたと見え、全く赤坊のようにやられます。痛くちくりとさすノミで、其は小さい体をしていて猛烈なのです、だもんだからこの三四晩、安らかならずという仕儀です。眠くて床に入るのに、チクリと体がビクつく位やられるので、むっくり起き上り、永年愛用の水色エナメルはげかかりの円い首ふりスタンド(竹早町以来の)ふりかざして、文字どおりノミ取りまなこを見はってつかまえます、わたしの眼もその位になったとはお目出度いと、目白のお医者様は祝賀をのべて下さいました。ノミとりまなこを見はると、眠けさめてしまって過敏になって、体中チカチカあついようになってノミも食いあき、こちらも疲れると眠るのよ。何と癪でしょう。イマズふりまいてプンプン匂う中に眠るのにね。
島田の二階のノミのひどさ。でも、あすこのは、土地柄とあきらめていましたから、ここの二階の奴ほどにくらしくはありませんでした。目にも止らないノミに向って、大憤慨の形相して突貫している滑稽なかざしの花については、万葉の諧謔も思い及んで居りますまい。御主人公の御機嫌という厄介なものをあしかけ三ヵ月かかって克服したと思ったらのみ奴にせめられ、泣かまほしです、却ってこっち(のみの方)が泣けそうだから大笑いね。ノミは実にいやよ。ちょこまかして、悪達者で。旦那様に云いつけるぞと云おうが、此奴め、ユリをくう奴があるか、とにらまえても、ノミの答えは一つでしょう、ピョンピョンはねろよチクリとさせよ、今がおいらの全盛時代、とね。ノミはドイツにもいると見えるのね。「ファウスト」の中でしょう? 蚤の歌。どんな神秘主義者にかかってもノミは「おいら」族ね、決して「われら」族ではないわ。南京虫はまけずおとらず穢い一族ですが、あれは徒党をくみ、集団的で会議をするようで「われら」風です。クロプイという劇をメイエルホリドが上演しました。すべての寄食的存在を表象したものでした。
きょうは、朝すこしおそく起きたので大いそぎで御飯をたべないうち、トマトの苗を植えました。千葉のです。移すのには大きくなりすぎていますが、丈夫そうだからうまくつくかもしれません。そのトマトはね、春ほうれん草をまいて出なかった畑をもう
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