です。悪いことには、昨今出版整備で、文筆の範囲は全く縮少してしまっていますから、「くれない」のときのように仕事をすればそれだけは物を云うという時代でなくなっていることです。
「くれない」のときは作者に信望とでもいうものが在りました。現在それはなくなりました。それらのことを悧口な人だからすっかり知っているでしょう。そして、同じ悧口さで、親しい友人に対して自分のとって来た態度もわかっているでしょう。本当に生活がこわれ崩れたというだけの下らなさと自分から認めて、友達にも心持うちあけず、いるところも知らさないというその賢こさは、世俗的な賢こさで、そこに到るまで友人たちに一言も自分たちの暮しかたについて口をきかせず突ぱって来た、その勝気さの裏側で、私たちとして何と心が痛むでしょう。特に私は十三年の下らない事件のときは御主人から全く非友人的な扱われかたをしました。その人柄の底を見せられました。あのとき細君は目白の家の二階で、何と慟哭したでしょう。そして、身をしぼるような声で「わたしは不幸になりたくない。正しいことからでも不幸にはなりたくない」と泣きながら云いました。私には、その慟哭が、今は自分がな
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