やかな飽和したような天気でしたから。
夕飯後帰る予定だったら、栄さん夫妻が来るから待つということになって、そしたら雨になりました。
栄さんたちおそくよく来たと思ったら、話しがあったからだったのね。私がおどろくといけないと思って、何も云わず、雨の中暗いのに、あした真直行く方がよいということに決定。
そして、あの日出がけに、卯女の父さんからききました。だから丁度、あすこに坐ったころは、私の気持が益※[#二の字点、1−2−22]ふかくうけたショックを滲透させるときだったわけです。
ずっと友達の間も全く妙になってしまっていて、栄さんもおせんさん夫婦も不快なことばかりつづいていたのでした。私のところへは、何しろ電話一つこの何年もかけて来ないという工合でしたから。段々生活がすさんでいるのをきいて、全く心痛していたし、いつかそのままでは続かないと予想していました。しかし、こんな工合に現れようとは。田村俊子が、生活をこわしてアメリカへ行ったのは、やはり四十ぐらいのときでした。出版屋を借りるだけ借りした上。それも同じです、生活を乱脈にしてしまって、作家としての信頼を低めてしまったこと、それも同じ
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