ず、ドイツの歴史なんか全く知っていないことを痛感します。ゲーテのもちあげられる理由も、そういうドイツの歴史をかえりみれば、よくわかるのでしょうね。文化上の、ルーテル以後の旗じるしが、入用だし、心から欲求されたのでしょう。
 ザイレはどういう作家でしょう。ツワイクと比較しておのずから感じるところは、ツワイクがあの敏感さをもってアントワネットやフーシェをテーマとして選んだ傾向、そのテムペラメントの本質の色調と、この作家が、万一一生にこの作一つしかないにしろ、ケプラーを捉えたということの、絶対のちがいが面白いと思います。ツワイクがオースタリーの出生であり、この作家はドイツの作家というちがいが、決定する以上の意味があります。
 近頃ツワイクの仕事、このザイレの本、イギリスのストレチーの「ヴィクトリア」をよみ合わせ、伝記又は伝記小説について、学ぶところがあります。私の内面の世界は少なからず房々と重くみのった葡萄の実をとりいれ、それは今の私に多大の滋養を与えます。そしてつつしんで思うのよ。自分の日常が、こういう人間の偉大な光を、何の歪めることなく、自分で自分に云いわけせず、こんなに真直わが面を輝す
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