(消印)〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(西沢笛畝筆「十和田湖と三羽浦秋色」の絵はがき)〕

 大町桂月が十和田を有名にしてから、アパート式のホテルが出来たりしているそうです。しかし自然はやはりなかなか雄大でみごとらしく、これは気の毒な地方の人が風雅と心得た絵で、笛畝は人形絵の専門家でしょう?
 何とチンマリした十和田でしょう。

 九月九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 九月九日
 なかなか又暑い日となりましたが、それでも秋らしさも濃くて面白い日です。風のふき工合など。南も北もからりとあけた二階で、ものを干したりしていると、風にカタカタと小障子の鳴る音がして、それはまぎれもない秋日和の感じです。昨夜なども面白い夜でした。
 月が早く落ちて、夜の十一時頃西に傾いた月が庭木をひとしお暗く浮き立たせながら、光を失った色で梢に近くありました。星は光を消されないで小さく澄みながら窓に輝いていたり。
 稲子さんの書いたものにも、ほかのひとのにも、南方に冬がなく、夏つづき、正月にひとえを着て雑煮をたべる妙な気持をしきり云っていますが、こんなこまかな日本の季節の感じに馴れたも
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