ょろりと出て来ていきなり「僕傘忘れちゃった」というのよ、太郎なの。大貫さんと映画見に行って、これもふられてかえって来たところ、というわけです。そこで、私の傘を二人にささせて、下駄をもって来て貰うことにして角の八百屋の軒下に居りました。雨は猶々ふって来て着物の裾をぬらし足をぬらし。それでものんびりした気持で濡れて待っていました。
やっと、すこしは道理に叶った養生がおできになるというのは、何とうれしいでしょう。本当に、何とうれしいでしょう。引越しなすったというのをよんで、心に栓がつめられたようでした。暑い暑いとき、傘をさし白い着物を着て、あちらの入口の鉄扉の外に立っていて、そのままかえったりしたときのことは忘れられないのよ。それに、自分がひどい病気をしたら、看病して貰うということについて感じが細かくなって来て、この前のように、漠然と心配というのではなく、もっともっとずっと細かく具体的にいろいろ思いやられ、不如意もわかりいろいろわかり、一層閉口いたしました。全く、丈夫な人が病きの人を思いやる時は、大づかみで楽天的で、何となし何とかなるやっで呑気でいいことね。私にとってそういうことは、もう二
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