話の種もなくなるでしょう。ウィーンのリヒテンシュタイン伯の画廊で見た毛皮外套の若い女の裸体は今も目にのこっています。ルーベンスは妻に死なれ、後若い妻を得て、それをかいたのですが、覚えていらっしゃらないかしら。本当にスルスルとそこにみんなぬいで、それ羽織って御覧と云われ、こう? という風にちょいと体にかけて、若々しいよろこびとはにかみと自分を見る人への恥しさを忘れた親しみとを丸い子供っぽいような顔に溢らした女の像。肉づき、豊満な皮膚の色と、どっしりとして実にボリュームのある大毛皮外套が黒い柔かさ動物らしさで美事な調和を示し、ルーベンスの美のよい面を示しています。この頃私は時々絵の本を見ながら私は自分の富貴人たるをよく知らなかったと思うのよ。貧しい理解の程度にしろ少くない名画をほんもので、自分の眼で見て来ているということだけでも、私はもっともっと自分の内部のゆたかさを自覚すべきだと思うの。つまりそれだけの美の印象を十分自分のこやしとするべきだと思うわけです。私は生活的で女らしくナイーヴで、生きぬけて来てしまうように恬淡なところがあって、しかしそれは芸術家としては初歩ね。ペダンティックな教養
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