ょうか。
この頃のお手紙には夜気分がよいとあり、あの長い昼間は気持よくないということを心配します。夕方から少し熱が出て気分がいいのでしょうか。明け放しで頭が冷たすぎて何か気分がよくないのではないでしょうか、タオルなんかかけたらましではないでしょうか。営養が何処にいても悪くなる一方だから私は夜の気分のよさも油断は無用と思えます。呉々お大切に。
一月十三日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 封書)〕
一月十三日
昨日は面白いことがあったのよ。ペンさん[自注1]に一通書いてもらって下へ降りたら、食堂のテーブルに御秘蔵物が置いてあるので、ヒョイと感違いして、さっき見て書いていたのをいつの間に持って来たのか、サテぼけかたも甚しいとひそかにびっくりしたら、それはまた別ので、しかも十二月二十八日朝と書いてあります。何処かに引掛っていたらしい皺があってそれでも着いたのは感心でした。年の暮にあたってこの手紙には、色々のねぎらいや親切な贈物が籠っていたのに、私は、二十四日のパニックに就ての修養談が一番お終いで、年を越したのは残念でした。勿論、謹聴致しましたが、ああ云う年の暮には、やっぱり、二十八日に書いて下すったような心持もほしいわね。くれぐれもありがとう。
オリザビトンは飲むことにしました。そんなに効くのなら、服んで一日も早くこの眼のマクマクがなおしたいから。今、うちに二三ヵ月分は有りますから、間にこれを当分続けてみましょう。
和独は箱付きかどうか判りませんが、スエコの伺ったのではそのまま間に合せて下さることになったのでしょう。(スエコは意地悪で「ソノママ、マニアワセテ」と早口に続けて云ってみろと云います、ひどいわね。「隣の客は良く柿食う客だ」ではあるまいし。)
この頃は養生訓三ヵ条が実によく守れています。それと云うのも三、四月になって東から西への気流が良くなるにつれて、望みもしないものが天から降って来て、火事場騒ぎなど起らないうちに、一度是非そちらへ行きたいと思い、そのためには、もっと良くなって乗り物に乗れるようにならなければならないから。
私の健康上のプロンプターはスエコで、何しろ永年持病と戦っているから案外疲労の測定が正確で、私より先に私の疲労が見透せるらしいから、口やかましい忠告に従わなければなりません。歯っかけのくせに何て姉さんぶるでしょう! 手紙を書いてもらう時の私の待遇はたいしたもので、二階の机の横に行火《あんか》を造り灰皿を揃え、くしゃみをすれば大事な胴着を頭からかけてやって、そして一筆願うありさまです。
でもね、この頃は手紙を書くことに就ても呑気に構えてしまったの。あくせくして一通余計に面白くもない手紙を書いてやきもきしてみたところで、私達の生活の本筋に大した関係はないのだし、結果として、あなたが心配して下さることを、無にするようでは意味ないと思ってね。こう心を決めたら気が楽になって、あなたもそれでよしよしと云っていらっしゃるような気がしているけれど、それでいいの?
私はどうかしてこう云う気質に生れていて、御難つづきの人生などを予想しないし、有難いことに、そんな考えを可能にしないような光があるから、その点は大丈夫です。実際問題としては、目下の吾々の生活は銀行相手の赤字生活ですから、今年の末頃にはポチポチ仕事が出来ないと、閉口です。書き始めるに就ては云々、というようなこともきっとあるでしょうし、なかなかすらりとは参りません。ペンさんのことに就ては、スエコから申した通り充分以上のことがしてあります。もう四年ばかり出入りしている子だけれども、この春には結婚するらしく、そしたらあんまりつき合うこともなくなるでしょう。
ロビンソンは漱石が文学論のなかで、十八世紀文学の常識と無風流と、日常性の見本として、何処にも壮美がないと、あの人らしい美学を論じていますが、成る程、仰云るような古くささが、作品の低さの眼目なのね。漱石の型式美のカテゴリイの問題ではなかったのね。面白いことは、漱石が作家的、また人間らしい稟質の高さから、この作品の意に満たないところを直感しながら、その不満の拠りどころを型式美学に持って行ったところが、いかにもあの時代ですね。ロビンソンのことは漱石の文学論を読んだ時、フリイチェの文学史的な解釈と対比して印象深かったので、短いお手紙の文句だったけれども色々考えを動かされました。あとの文学史先生は、ああ云う作品の発生の起源をちゃんと説明はしているけれど、それに対して今日の読者である私達が、つまらないと思う直感の正当さとその理由に就て、触れてゆくだけの力は持っていませんでした。文学に於ても史家は、そう云う静的な立場から、極く少数の傑出した人々が踏み出すばかりなのね。
この間、始めていかにも気持よく
前へ
次へ
全110ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング