くて残念なことでした。今度は、招かざるお迎えが来たとき、すぐ寿江子にどこからどういうものをとってどうしてとたのみ、それがすぐ分るだけ大人になっていてくれてましでした。
こちらの生活はなかなか入費がかかります。四倍の入費ということはここにいても同じにひびいて、家へわたす分、雇人の心づけ。ペンさんの月給、本代、薬代、吉凶その他の臨時で、お送りする三倍四倍になります。自分が病気のため知人が心配していろいろ送ってくれれば、やはりそのままにはすまずですし。それもやや一段落の形ですから、その範囲で暮せる温泉へゆきもう一息、この眼のチラチラも直し、疲れやすさも直したく思います。やっとこの位の字がかけてみると、眼のチラチラは却って一層苦痛です、スーッと楽にはっきりすきとおって見えたらどんなにさっぱりするでしょうと思って。一日に二時間でもいいからね。もし温泉にゆくとしてペンさんにはやはり一週一度来てもらって二人の本さがしの用事、送る用事、その他事務上のことをして貰います。現在、うちの人たちは皆半病人で、寿江子はこの間私の為に自分の健康までそこね、それで今も苦しむのは自分だけだという心持があって、そちらにお目にかかりにゆくだけで精々ですから。柄にないことはするもんじゃないと思ったそうです。そんな気持も亦時がたてば自然に戻るのでしょうが。こんな体で自分の勉強さえ出来ないのにと云っていて、私も気の毒だし心苦しいし、それで万一の場合私に代って事務的なことを計らってもらう人として、てっちゃんにたのんだのでした。家族的にももう知りあっていますし、順序がついていて、それを取計らうだけならいいと思って。五日ごろ寿江子が上ります。私はその二三日後に上りたく思って居りましたが、この手紙すっかりよんで頂いて、いろいろのことが分明して、私のわるかったことは悪かったとして、ともかくさっぱりして頂き、まあ来たらよかろうというお気持の向いた上で行きたいと思います。一心に、おぼろおぼろの眼を張って、私はおめにかかりたくて行くのだから、そして、あのほんの短い時間のうちに、ゴタゴタしたことは何も話せず、話せば中途半端でいかにも苦しいのだから、この一まとめの話がすんでからにいたしましょう。これは何日ごろ着くでしょう、長くてさぞ手間がかかることでしょう。早く来てよいと云っていただきたいと思います。
四月五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(ゴッホ筆「アルプスへの道」3ノ一、三岸節子筆「室内」3ノ二、土本ふみ筆「垣」3の三の絵はがき)〕
(3ノ一)隆治さんがジャ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へうつりました。そのハガキ貰って、大事にしてしまったら、仕舞いなくしてへこたれです。どうも見当りません。そちらへ来たらどうぞお教え下さいまし。送ったものはみんな行きちがいね。果して届くものかどうか。岩波の小辞典をお送りしました。『秀歌』は田舎へもってゆく分として一括したものの中にあり、そのうちとり出してお送りしましょう。なくしてハ居りませんから。少し勉強しようと思って大事にしてあります。
(この空の色はもっと濃く深く、糸杉はもっと厚い黒っぽいいい色だそうです)
(3ノ二)この人の絵をほかにおめにかけましたろうか。いつも大作を描き、いつもこういう更紗ばりのような展覧会エフェクトの多い画面です。絵のどういう面白さをここに出そうとするのかといつも思われます。婦人画家中の才人です。マチスまがいから段々堕しています。文学では模倣はたやすく見破られるが日本の洋画というものは音楽同様にまだ模倣に寛大な時代なのでしょうか。
(3ノ三)浅春の雪のすがすがしさと柔らかさを描こうとしたらしい絵で版がわるいから垣のむこうがゴタゴタして残念です。今まで知らなかった女性の絵です。この雪の下には砂地がありそうな感じですね。ぬかるまないような。ペンさんが奈良の旅行からかえり、寿江子国男国府津からかえり又ガヤガヤになりました。戸塚のおばあさんが死にました。手紙一つお見舞一つもらわなくて、そちらの事だけ「あらかじめ知らせ」られたりして、少しおどろきました。
四月八日夜 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(はがき)〕
あしたの金曜日に出かけられると思って居りましたが、雨つづきで下稽古が出来なかったから、火曜日になります。どうぞそのおつもりで。
四月九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(木下克巳筆「夏の夜」の絵はがき)〕
四月九日
この頃いろいろと書きたくなって来ました。口で云ってかいて貰うというのではなくて。そうすると体力がまだそこまで行っていないことを沁々と感じ、ああまだ辛棒しなければと思います。結局口に出して書いてもらうということには随分限度があるものね。去年の秋から今日までの私たちの経
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