大事に。呉々もお願いいたします。私たちは食物に非常に注意して居ります。生のものは食べないようにして。
 そんな条件はないように思える人が、うちでもあんな騒ぎを演じましたから、とてもあぶないのね。けさ七時半の汽車で、父さんと太郎女中さん安積へ出発しました。うちでは今健之助が百日咳でどこへも出られず、太郎のは休みはきまっているので先発したわけです。わたしは、落付いていて本当にうれしかったと思うのよ。こんなにガタガタしてあっちこっち右往左往している連中のなかで、自分も荷を送り、どこかへ出かけるとしたら、どんなに気ぜわしく休めなかったでしょうかと思います。私はこの頃ひどく脂肪の不足を感じ(!)Aを油でといたヴォガンというのをのんで居ります。紅茶に入れて。冬の間に医者がくれたのですが、却って今の方が要求されます。冬はまだ牛乳もあったしバターもありましたから。このヴォガンというのはスイスの製品だそうだからもうないでしょうね。何か珍しく当時入手したのだそうでしたが。ハリバでものみましょうか。ふとりたくもないのよ。ふとるより体の力がほしいのです。
 小説のこと、いろいろお心づかい頂きました。やっと無事、かえって来ました。御安心下さい。そして、よかった、と思って居ります。
 中村ムラ夫などという人が詮衡委員で、やいやい集めた原稿を御詮衡下さりその上で収録をきめるのだそうです。私は大した識見ももたないものではあるが、ムラオ先生に点をつけてもらったり、のせるの、のせないの、と云われる作家ではありません。文学の点ではないのですもの。おっしゃるとおりでへこたれます、本当にその通りなんですもの。これも極めて、いい経験で、私もすこし会得いたしました。実際の場合として。とりかえしてすっとしました。丁寧に、意にみたないから折入っておかえし下さるように願います、と云ったのですから失礼でもございますまい。
 きょうはすこし乾燥して居りますね。わたしの汗のひどさと云ったら! でもねあせはちっともかかず、苦しくて眠れないという疲れかたはいたしません。ネールの自叙伝上巻が買えました。もうすこし読み進んだらきっと面白いでしょう、全体の動きの前に自身をかいているのですが、一九〇七年頃イギリスにいた(ハーローやケインブリッジ)印度学生というものの生活その他もうすこし形象化されていると、なかなか色彩もあり、大したものでしょうが、どっちかというと一色の糸をたぐって立体的筆致でないところあり、『インディーラへの手紙』の生彩を欠いたようなところもあります。作家と歴史家との相異、ネールは歴史家の素質によりゆたかということになるかもしれません。執筆の年代は、世界史のすぐあとですね、一九三四―五ですから、前の方は三一―三三です。彼の大部な著作はみんな一定の生活条件のもとであり、これもそうでした。書けたのです。割合スピードを出してよんで、お送りしようと思って居りますが、いかがでしょう。
 隆治さんのことは心にかかります。稲子さんにしろいいときかえったので、なかなかかえれない由です。どうしているでしょうね、たよりのないのは、当然というようなわけらしいし。益※[#二の字点、1−2−22]そうのようです。どうしていても無事ならば、と願います。自分の力で収拾のつかない事態に対して、冷静で、過度の責任感に負けたりしないようにとどんなに願うでしょう。小心の変じた勇気は痛ましいものですから。それよりは豪胆であることを願って居ります。本当に丈夫で、持ち越すように。
 昨今なかなか面白いこともあって、はげちょろけの浴衣でフーフー云いながら爽快なところもあり。今のような時に自分の借金を左右に見てその間をかけずりまわってばかり暮している人は気の毒だと思います。地球は廻って居り、星は空にきらめき、朝日は東に美しく出ます。
 二週間経ってからと云えば、八月も半分すぎます。その頃又出かけて見ます。スラスラとつくのか、たまるのかよく分らないけれど、わたしの心持とすると、云わば、大して納涼にならない団扇の風でも送ってあげようというようなわけでハガキなどちょいちょい書きましょう。いい絵はがきもないこと。てっちゃんが、この三ヵ月ほどつとめていたところをやめることになりました。先生というものは弟子が好きなのね。はッ、はッという。そんなこんなのいきさつでしょう。学者というより仕事師の下ではつづきますまい。あのひとも世間も知って来て、仕事師というような人間の型がはっきり分って来たから、無駄はありません。
『女性と文学』という本貰いましたから一寸お目にかけましょう。引出しの一つ一つに目先のちょっとちがった小布《コギレ》がつまっていて、ひょっと目をひかれるような気の利いた、柄の面白いようなスフではないものが入っている、しかし小布であり、
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