可能の面に立つと、女の私は嵩だかなのよ。私としては望ましくない位。大抵のところは根太がぬけるのよ。安心して自分の重みをかけると。ですから私としては底をぬかない用心を自分でやって、副木を添えて一歩一歩と自分の歩ける場所をひろげてゆくわけで、そういう工兵的生活法のためには副木として役立ついろいろなもの、私の役立ついろいろな必要が多いところほど暮しやすいということになります。この一ヵ年近くの間に私はここでもかなりそういう工事に成功して、これからの条件に備え得たと思います。骨もおしまず、必要を洞察し、経済的なことでも私は出来るときは出来るだけのことをする、やぶさかでない利己的でない人間としてはっきり理解させ、或意味では恐縮に思って貰う位で、はじめてその人柄というものの力で通してゆけるようになるのが平凡なぐるりでの順序です。うちへのことも、国は寿江子のことでよく云うから、不平があるときっとそのことにふれるから、私は特別バターや牛乳やパンやらを心配して貰ってもいたし、それを考えてしていたのですが、この頃はみんな配給がなくなったからその費用はないのですし、そうすれば当然額も減っていいのだし、そういう風に変ってゆきます。それに太郎の生活にとって私が陰に陽に大切なあっこおばちゃんであり、二人が温泉へゆく、国府津へゆく、さて又病院へゆく、そういう間、学校の勉強をみてやり、淋しいとき本をよんでやり、朝六時に一緒に起きてやる人は、私以外にありません。太郎と私との間には独特な先輩後輩の気分があって、私にとっても、これは大きい慰めであり、人間をしつける希望と責任でありたのしみです、最近大変面白いことがあって、太郎と私とは一層親密なものとなりました。その話是非したいのよ、私は実に心をうたれたのですから。そういうような細々したことの堆積で――それらは、洗ったり炊《かし》いだり縫ったりよりは種類のちがう人間の面で、しかも私に与えられたプラスのものの力による独特のことですが――私はここの家族の間に追々一つの人間的影響をもち、それを通じて私たちの生活全体をひっくるめてうけ入れられる心持がつくられて来ていると思います。永い見とおしに立って努力するところもあります。私としては、こういう性格ですからやはり自分の人間価値に立って自信をもっていろいろの境遇に生きたいのよ、単に肉親的関係という、たよりのあるような片身[#「片身」に「ママ」の注記]のせまいようなものにだけたよらないで。
まあざっとこんな工合です。太郎との物語は別に書きます。別に書かなくてはならない話や物語はまだどっさりあるわけです、第一に詩物語があります。泉の物語もあります。心持のよい、血液循環が快く速くなって、優さで心が和らげられ、生きているよろこびが無垢に面をうつようなそんな詩物語を見つけ出したいものですね。人間に歌があり、それはシューマンのようにも複雑となり精神にしみ透るものとなるというのは何と素晴らしい人間らしさでしょう、だって獣は実に微妙なニュアンスをもって生の様々の様相をつたえます、人間より直観的に。しかしそれは歌にはならないわ。人間は深く、つよく、生きる美しさを、美しさとして永遠化す力をもっているのですものね、人間が万物の霊長だというなら、それは芸術と科学をもち得ているからだと思います。
七月六日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
七月六日
日光書院のこと先方の間違いと判明。『独語文化』五月からお送りするようにしました。
私の方の用事は、大過去から過去となりやっと現在体となりました。多分これから本についての物語となるのでしょう。例年になく涼しいので大助りして居ります、作物は心配だけれども。これは大助りというにはいろいろ理由があって、そのすこしは幅も心の平静もあるひとが高文にパスしました。私のような人間におそらく分らないほど意味あることらしくて、やがて窓口は変りもうこちゃこちゃしたところへは出て来ないようなことになるらしい風です。偶然つぎ目のようなところで私は息のつける応答をしているわけになり、終りまではこれで通したいと思います。ジリジリあつければやはり続けかねるから涼しくて仕合わせというわけなのです。こういう程度のひとは一ヵ年一つところにいるかいないかですものね。窓口の大さにふさわしい精神の窓口しか幅もひろがりも理解力も小さい頭が又そのあとに坐るのでしょう。見ていると、人間の生活というものは其々の場所で、すこしおやと思うものは、きっと何かそれだけの変化を示すから妙です。
国男はドンドンよくてスープをのみ、おかゆをたべして居ります。家中無事。私はきのうすこし骨を折り(月)きょうはおこもりです二階へ。
太郎との話。これは私にとって大変興味があります。
ここへ暮すようにな
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