在らず、でしたから。早速『文化』が行くようにいたします。
療養新道は、医学書の部分をみんな見ましたが、こちらにはありません。売りもしなかったと思います、体についての本はもうみんなとっておくことにしましたから。さがしましょうか? もう一冊。御返事下さい。発行所はどこだったかしら。七月から本を買うのは大したことになってね、本やは現物を並べないのよ、カタログです、それで注文して買うの。例により日限とかいろいろあって、まるで風変りなことです。日本にはいくつも世界に類例のないものがありますが、こんなのもその一つね。食うものはなくても本はドシドシ出ていたところもあるわ。紙の関係でしょうが。
さて、一寸ハガキで書いた、バタバタのことお話しいたしましょう。火曜日に(二十九日)私は始めて一人で出て肴町へゆき、岩本のおばさまへのおみやげ買いました。お孫さんには結婚のお祝いをかねて、コンパクト、母さんにも。女の子二人にブローチと花、おばさま御自身には紐とよそゆきの袖口。男の子には水遊び道具と切符遊び。そんなものを買ってくたびれてかえりました。国男さんはもう四日ほど床についていて、床の上から買ったものみて、たのしみだったと云っていました。鮮やかな出血だったので、痔だと思っていたのね。お医者も。この日はよかったのです。気分もわるくないのだったし。
三十日水曜日は疲れていたけれどほかに日はないしペンさんつれて、先ず上野松坂やへゆき、岩本御主人のネクタイを買い、初めて省線、小田急にのって北沢へゆき、一時間ほどいて、六時すぎかえって来ました。
そしたら入院するというさわぎです、駒込へ。あすこはカンづめになり何週間の規定の時日はかえれないのよ。咲それでは困るというし、さわぎがひどくなって困るし、決定したわけではないというのであすこの外科の宮川彪という先生にきいたら、今夜ぐらいは内科病室へうけとってやるというので、自動車迎えのこととり消せるかどうかと、来合わせた紀《タダシ》さんと一緒に駒込まで行ったらもう移牒してあるとのこと。咲枝はおろおろするたちなのよ。何だか一向準備がちゃんと出来ないであっちこっちしているうちに九時半ごろ自動車が来て入院しました。いい工合に一人の室があった由。そして、もうパンたべているのですって。大笑いしているの。きっと、あの天井の低い自動車にスーと入れられるとき峠越してしまったのだろうって。それでも翌日は家じゅう大消毒。まだプンプンです。この間うち、マグロが珍しく入荷して、それでああいう病人が続出しました。珍しいから刺身と云うことになり、それでやられるのね。あのひとは事務所へ出ると昼はどうしてもそとだからそれでやられたのでしょう、あとは皆健在。しかし検査はあるでしょう、それも規定だから。お医者が几帳面な人だからキマリどおりにするのです。その方が子供たちのために安全ですけれど、困ることも困ります。少くとも二週間カンヅメですから。
全く疲れてかえったらその騒ぎで亢奮して又駒込まで私としての全速力でかけつけたりしたから、ひどくつかれてね、きょう、やっとこんな手紙もかけます。もう大丈夫近くなりました。きのうも一日床をしいてふらふらしていて、昨夜からけさにかけ十二時間ほど眠りましたから。疲れてねむくて眠れればいいのよ、もう。疲れすぎると不安定で一時間二時間おいてはちょくちょく目をさますから駄目ですが。病気前は、こんな細かい違いなんか無頓着だったのにね。
シートンの面白い部は、咲がよみたがって今入院です。すこしお待ち下さい。わが哀れなブランカは是非よんで頂きたいわ。チェホフはうちのロシャートカと細君をよんでいますが、馬さんはあんまり一般的すぎます。ブランカには悲しいところがあるが、実感がありますね。少くとも私は、ほら、ブランカと云われると、すりよりながら身をひきしめて自分の生れながらの不束《ふつつか》さをきまりわるく思いながら、やはり傍からどけない(くことは出来ない)というような思いになります。大変精神的であり又生々と動物的でもある思いです。
小説のことは本当にありがとう。私としては自分個人としての焦慮というよりも、対処の方法で縺れさせたのであったと思います。
その点が自分にとってもはっきりして、根本的にどうやって行くのが一番よいかと方針がわかると、あとの処理はすべて比較的簡単になり、落付いた気分にもなり、うれしいと思います。普通の勤め人とちがうというのは全くです。大事な人を一生自分にとって大切な人としとおすには、やはり意志がいるように、大切な自分の仕事を自分にとって一生大切なものとしとおすには、やはりかくれた勇気もいるものです。おっしゃるとおり波瀾万丈ですから、それを面白いとうける力は、その波をおこしている勢についての正しい理解以外に
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