とかならないでしょうか。おついでの折お母さんにおきき合わせ下さい。あなたの御用が三度に一度あちらからみたされると大いに助かりますから。『独語文化』又きき合わせます。
 岩本のおばさんが、絢子さんのところへ(結婚した)来ているとかで、うちへいらっしゃりたい由です。世田ヶ谷北沢の明石方としてありますが、明石って、大阪の明石という鉄道会社の社長か何かの娘夫婦のところでしょうか。この頃はおもてなしもむずかしいし、私はまだこんなで正直のところ気がおけますが、あのお年での御上京ですから近日中いい日を見つけて一日お出で願い何とかいたしましょう。ペンさんでも手つだって貰って。(うちに人手も不足だから)闇暮しでいるうちに泊ったりしていらっしゃるお年よりを、今の普通の条件でおもてなししなければならないのは全く辛いわね。そのお年よりの気質とものの話しかたを知りぬいているから閉口頓首、千石船もチリチリです。滑稽でしょう? 御亭主の顔にかかわっては一大事と、女房奮戦せざるを得ません。もしかしたら御一緒に山崎の周ちゃんもよんだらどうかしら。こま[#「こま」に傍点]が合いますまいか。どうせ、うちの連中はこういう人たちでそういうお義理のおつき合いには役に立たないのだから。星出というひと、島田のお母さんの御上か下かでしょう? そこの息子が目黒かどこかの無電学校に来ていて、よく来たいと云って来るのですが、些か敬遠でいるから、そんなのでもこの際一緒にして親戚話を東京に移動させたらいいかもしれませんね。東京ではいいことだけを期待して来るお客様は実につらいものです、お察し下さい。こういうときは沁々一人がいやよ。せっせと働いて、あなたどうぞと、お願い致したいと思います、そしたらどんなに気が楽でしょう。細君というものは、変なところで気が弱くて可笑しいものでしょう? これが即ち細君よ。
 星出さんの息子は一《ハジメ》というのです。中條を何度直してやっても中将とかいて来るのよ。そういう学校が東京にだけあるのではないでしょうし、やっぱり東京へ出しておくというところに親の情愛があるのかもしれないが、あのゴタゴタの渋谷辺うろついて、と思います。いい身分なのね、でもきっと下宿で、さぞおなかのすくことでしょう。うちは丼に盛りきりの御飯で、来月からはそれも不足で私はペンをやめなければいけないかも知れません。この頃はバターもなかなかありません。段々丈夫になってよく勉強すると、私はおなかのへるたちだから間に合わないと苦笑ものです。
 さて、これからすこし横になり、休み乍ら御接待方法を思案いたします。年とった人が結核になるというのは、やはりあり得る事情ですね。疲労を蓄積させないこと、規律ある生活すること、これが今のような営養不足の時の第一で、休んで補うしかありせん。それにつけても私が今半病人なのは、不幸を幸に転じることかもしれないと思って居ります。丈夫と思えばこんな生活は出来ませんものね、では又。

 六月二十一日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(セイロンの仏教徒の写真絵はがき)〕

 十八日のお手紙二十一日頂きました。『文芸春秋』まだつきませんか、先月末に送ったのに。本と別に送ること承知いたしました。『独語文化』は、直接日光書院に申しこみ、五月号と(六月号は売切れ)七月からずっとこちらへ送るよう致しました。三年前から出ているのですってね。封緘は全く苦笑ね、そちらでむつかしいとき、こちらも買えなくてさわいだのでした。もうやめましょうよ?

 六月二十一日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(佐伯祐三筆「貧しきカフェー」の絵はがき)〕

 六月二十一日
 栗林さんの受取りを、きょうさがしたのですが、どうもしまい忘れたらしくここぞと思うところになくて悲カンしています。しまい忘れということをやったのね、隆治さんの所書き式に。クマのように、そのときやたらに失くすまいとして、妙なところに入念にしまって、もう次の日ぐらい忘れてしまったのだわ、些か我ながら哀れです。あすこはルーズだから、その時の分と云って果してわかるかどうか気がかりですが、ともかく計らって見ます。

 六月二十二日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(石川確治筆「七面鳥」の絵はがき)〕

 今薬をのんで思いつきましたが、そちらまだオリザビトンが間に合って居りましょうか、メタボリンこの頃入手むずかしくそれでもあなたが御入用でもいいようにしてあります、きのう島田からも送って頂きましたし。どうか早いめにお知らせ下さい。きょうのお手紙に交通杜絶とあり全くそれに近いわね、御免なさい。私がやきもきするの、小さな気だとお思いになっていたかもしれないけれど、実際の事情とお分り下さるでしょう?

 六月二十二日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)
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