、好ちゃんなんかのことを思うと。
秘蔵っこの噂を程々でやめておくには、私にとってよほどの節度が入用です。
この節、四角い紫檀の机をつかっていて、その横にあなたの側ダンスをおいて居ります。その上には、父が昔買ってくれた古瀬戸の[#図1、油つぼの絵]こんな形の油つぼがあって、それに今日はこぼれた種から生えて咲いた菜の花がさしてあります、その引出しの二段目にフートウや何かを入れてあります、原稿紙もきっちりに入る奥ゆきに出来ているのね、一寸台所へ行って見たら、寿江子が何だかコネていました。きょうは日曜日で又うちは二人きりよ、しずかです、朝は六時ごろ目をさまし戸をあけ空気をとおし又横になりすっかり起きる気になる迄居ります、睡たいうちは何度でも眠るのよ。朝《あした》、夕《ゆうべ》に論語をひらくというのも、おっしゃるとおりうそでない気持で経験されたことでしょう、愛誦の詩の中から目醒めるということもあり、それは殆ど地上へ我身を落付けるに余程手間どるばかりです。まだ書きたいけれど、光線の工合が眼によくなくなったから又改めて。
五月二十八日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(浅間山の写真絵はがき)〕
二十八日、
きょうも雨になりました、もう五月雨に入ったのかしら。けさ迄二日咲と健之助が帰って居りました、種痘のために。
健之助は丈夫な児でまことに可愛うございます。秋にはお目にかけましょうね。それはそれはいい香いがするのよ、暖く眠っている床が。かぐわしき幼児というのは本当です。マホービンは、あちこち当って見ましたが、どうも望みなしです。真空瓶をつくるところでききましたが。ここにあるのに外側をつけることを研究して見ましょう。ビールビンではマホービンにならぬ由です。
五月二十九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
五月二十九日、
二十六日のお手紙ありがとう。用向きから。『結核』送るばかりにしていてつい忘れていてつい三四日前に出しました。これとゆき違いに到着していますでしょうが、御免なさい。紐までかけておいてつい忘れたの。週刊朝日、日曜毎日はすぐ手配いたしましたが、本月から予約ぎりぎりの部数しかなくて、どこか一軒おやめになったらまわしますという有様で閉口です。週刊の方は出版局に杉村武という記者を知って居ますから、たのんで何とかして貰おうかと考え中です。毎日の方は当がなくて困りますが。明日は日曜だから待ってみて、次の段どりをします。『日本評論』、『文芸』、『独語文化』はつづけられます。『文芸春秋』に西村茂樹のことを山田孝雄がかいていましたね、ああいう政治家国学者にとかく評されて祖父も苦笑でしょう。『衛生学』はまだ発刊されていないそうです。もう本屋に久しい前から申しこんでありますが。
森長さんのこと承知しました。火曜頃届けます。手紙をつけて。冬シャツは安積の方をこの夏しらべて貰います。私ももう一枚は無くてはならないと思ってそれで気にして居りますから。今年着ていた「袖抜け」と命名されたのは、そうなのよ。十年来のものです、そして肱がぬけましたか? 実によく役に立ちいろいろとすてがたいシャツ君ですが。では大事に洗ってよく虫よけいれて、休ませてやりましょうね。辛苦を倶にしたものですもの。そういえば今年の下着、二いろの布の合わされた綿入れはどこにいましょう? 前でしょうか? 前へお願いいたします。私はお言葉を服膺《ふくよう》して出かけませんが、とりにだけは行って貰いますから。
ペンさんの嫁入り先の家は台湾の日糖とかいう会社につとめています。それは親父。若い人は石油の発掘専門の統制会社につとめています。姉たちは財閥の小番頭の又その番頭というようなところに嫁入っています。十三四とか部屋のある邸宅に今は若い連中だけいる由。花嫁は妹とともにその妹が嫁入る迄その家の掃除をしていなければならないから大変です。親戚に誰かかなり偉い司法関係の役人がいて(大臣級らしい。現役ではなく)、息子はそのおかげで就職万端どうやら形をつけてもらったらしい話です。若い人とつき合はありません。
今はペンさんに迎えをして貰っているだけですが、六月一杯でおやめのことにしてあります、忙しくもなるでしょうし。
女の気持は自分のことを考えてもいくらか推測がつきますから、その点はいくらか考えていたつもりです。
同じ病気とたたかうにしても、医者が自分の効能書をよく見せようと診断を重く重くともって行って、恢復する条件がないようにないようにとするようなひどい場合、患者はどうしたってその診断に服すまいという気がおこるものではないでしょうか。よほどちゃんと医書もよんで病気の条件とその養生法とを客観的に判断出来ないと、この医者にころされていられるものかという気から下らぬ売薬に目
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