ろが、そうなったらおそらくわたしは一ことも云わないで半日たっぷりくらすでしょう。そういう午後を知って居ります。国府津の大長椅子は。足の先だけ、一寸火の入ったアンカにのせて、却ってそういう時は、どっさり話すのね。話したことをおぼえていられなかったのは何とおもしろいでしょう。小さなあんか[#「あんか」に傍点]はきゅうくつでした。きゅうくつさは、今も愛らしく思われます。動くとそこからすべり落ちるという風に、小さい冬ごもりのけもののように、並んで小さい火の上にとまっていてね。ぬくもりはなおまざまざとあります、それは十二月のいつの日でしたろう。
「春のある冬」という題の詩がありましょう、もう古典となっているほど読まれ、年々に愛されて居りますが。
続篇に「この風は」というのが出るようです。第一章のはじまりは、飾りない素朴さで、この風はどこから吹いて来るのだろう、という句ではじまります。外景は冬枯れて、雪の凍った眺めです、灰色空がすこし黄っぽく見えるのは、西日のせい。木枯しが今途絶えています。木枯は北から吹きます。ふと、思いがけない南の方から、何か風がわたって来ます、ああでもそれは風とも云えないほどの大気のうごきです、が、そのそよめきは、雪の下の雪割草に、不思議な歓喜を覚えさせました。雪割草は今世界が創ったというように自分のめざめを感じ、期待にみちて、又その風が雪のおもてを過ぎるのを待ちます。又風は渡って来ました。この冬のさなかに、それは何の風でしょう、雪割草がこんなに瑞々しく蕾をふくらませ、薄紅い柔らかな萼をうるませ、今こそ花咲かんという風情にうるむのは、その風がどこから吹くのでしょう。蕾はふっくりとふくらみ、汗ばみ、匂い立ち、花だけの知っている音を立てて開きそうです。でも、雪は、花の上を被うて居ります。花のぬくみで雪はとけます、けれども、あたりは冬です。月の冴える夜、枯れ枝に氷の花がつきます。その氷の花は、青く燦めきます、雪割草は白い、花弁の円みをおびた花です。蕊の色はしぶい赤です。その花より雪が白いというのは、雪が生きものでないからです。又別の日風が、雪の上をわたり、雪割草が目ざめました。雪割草はじっと蕾を傾け、自分のしなやかな溜息をききました。風もその息づきをききました。そしてその溜息を自分のふところの中に抱きとって、すぎてゆきました。が、それからは、その風が渡って来る
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