り待っていた間でした。
寿も、いよいよ期日になって、わたしも随分気をもみ、友達たちにあれこれたのみましたが、やはり家はなく、ともかくアパートをきめると云って、出かけている次第です。一人でそんなことしてさがしているのは哀れで困りますが、私がついてやるわけにもゆかず、咲は全くえりがみをつかまれているようで自分の判断で行動出来ず、するべき立場であるという道理でおす力もなく、三人づれで出かけて、明夕かえると、翌日は又三十一日迄留守いたします。わたしのこれまでの生活の中では自分がしたこともないし、ひとにされようとも思わなかった暮しぶりというものをまざまざと見てなかなか感想が浅くありません。そういうなかで何年も暮した寿が、自分一人にとじこもった傾となり、ひとを信じ切らず、その人も何か悧巧すぎて薄情という感じを与える人となったのも、云わば無理ありません。他人の中に暮すということは、こちらで気をつかうことも多いが、つかった丈の気を活きるところもあって、その人なりのねうちで暮せるのは、却ってさっぱりしていて、こじれた所がなくて、寿のためにようございます。でもね、わたしとすると、ここで生れて育った年下のものを、全く何一つしてやらず、はぐたの皿小鉢ぐらいちょこちょこ集めてやって、家さがしの話を話していても一つも助けてやらず、家から出すということを、普通のことのようにするのは、大した努力よ。寿江子のために勇気を出しておこるのをもおさえ、悲しいのもこらえ、新しい生活でのいい面を押し出してやらなければなりません。わたし達は、この家で生れたのではないのよ。私は小石川原町。国は札幌。ですから五歳以後からこの家に住んだだけです。寿はここで生れ、兄をしたって子供時代をすごしました。国はここの家を自分の家と思っているわけですが、寿にすれば、親の家ですからね。そこの感じは大変ちがいます。
寿が可哀想だから、あなたも寿江子がいいところを見つけるように、健康に愉快に勉強して暮すように、と云って下すったとつたえました。よろこんで居りました。シーンとして、早く出てゆくのだけ待っているような日々で、わたしが気をもんでいるばかりでは、寿も哀れですから。どうか、おついでのとき、寿江子にハガキかいてやって下さい。ここ宛でようございます、却って。渡しますから。そして、どうか兄さんとして、温情と道理と勇気をもった言葉を与
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