ようよ、何しろ、三十何台かのタンクがはじめて前線に出て来たときの小説があるのですから。では又。
十一月七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(ユトリロ筆「雪のエグリーズ」の絵はがき)〕
十一月七日。これが手紙にかいた絵よ。考えてみると、あなたは深く積った雪なんか御存じないのではないかしら。島田の冬は肩に降った雪がすぐとける位ですものね。何年か前はじめて島田に行った一月六日には淡雪がふっていて私の髪にかかりました。東京の雪というと、いつも思い出すのは歩道の横にのけられている雪ね。
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馬をさへながむる雪の朝かな
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これはさすが芭蕉ね。北国の深い朝の雪景色、実に大した描写です。馬の匂いまでするようね。
十一月八日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(池部鈞筆「池」の絵はがき)〕
五日づけのお手紙をありがとう。マホー瓶はようございましたこと。
「新生」はうちにありません。どこかきいて見ましょう。「新生」ぐらいが、この作家の、人間をむき出しにしている作品でしょうね。『細菌物語』はおよみになったら拝借、カンプマサツをはじめたことは前便の通りですが、Cが不足らしくてハグキが妙になり注射はじめます、其々の段階で、病気がひどかったことや、どんなに破壊されているかと切実に感じます。
十一月八日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(小山敬三筆「高山雪景」の絵はがき)〕
十一月八日。どてらを着て、毛布をひざにかけて「幻滅」よみはじめて居ります。この作家の書きぶりが、七年以前よりも親しめます。そして、この作品が全く「描写のうしろに寝ていられない」筆でかかれ語られ、滔々として大河の如くあるのを理解します。ふだん着からその人の匂いが、じかに鼻に来るように、生活の匂いがします。それはいい気持です。そして、どうせ描写のうしろにねていられないなら、この位滔々たるものであってほしいと思います。
十一月十八日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
十一月十八日
火曜日には何だかうつけたようにしていて気持がおわるかったでしょう。御免なさい。私にとってきいたことがショックだったので、あすこへ行くまでのうちに自分の中に落付かせることが出来なかったのよ。その上、用事が足りていなかったから。重なっておいやだったろうと思います
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