うけとれるのではないでしょうか。そうだとすれば、大きい文学は必ず、その時代の典型のテーマをもつべきであるし典型のテーマというものの深まりは今日ではもう世界史的スケールのものであり、それは単にマニラ紀行ならずという大課題が浮んで参ります。いつぞやシェクスピアの作品を分析したシルレルだかの本がありました。時代にふれて勿論いましたろうがテーマのそういう点についてそういう文学としての本質についてどうかかれていましたでしょう、大文学というものについてその骨格についてはなかなか深く、文学をそこで捕え得るか否か及びそれを作品化する力量の問題等興味つきません。日本文学の古典にしろ、国内的にそういう歴史は踏んで居ります。しかしシェクスピアのように人間爆発のモメントとして「誤解」はとらえられて居りません。近松が一番可能を示す作家ですが、作品の中ではどんなに展開しているでしょう。誤解以前の「約束」どおりの動きを人間の動きとして動かしがたくうけとって相剋する人間性だけを彼はとらえたと思いますが。そこに日本文学の根づよい特色があるわけでしょう。文芸評論というものの奥ゆきについても考えます。同時に内国的に或る統一段階に到達した国の文学の創造的衝動の消長の問題も決して見のがせません。新たな一種の困難と貧困に当面していたかのようにあるのは何故でしょうか。あなたがゆっくり横になりながら答えを見出して下すったらと思います(これは今後の文学がその国でおそろしく豊富に花咲くだろうという明かな見とおしとの対比において)。文学者の成長というものに要する長い時間、それから文学的資質というものの拡大の鈍さ(そのことは各面に云えるでしょうが。例えば技術家的資質の本当の精神性への拡大の鈍さ、としても)文学がつまりは文学的資質でだけ解決されなければならないという、或種の文学者にとっての無限のよろこびと無限の苦しさ。(どんな作家でも彼がもし本当の作家であるならば、自身いかに雄々しく幾山河をばっ渉しながらも、つまりはそれを作品に再現する静かな時間を望まざるを得ず、それを与えざるを得ず、作家は自身の限界を突破しようとするやみがたい衝動とそれを作品にする外面的孤独沈静の時をのぞむやみがたい衝動との間を絶えず揺れているもので、作家の養成と成長との助力はこの機微にふれているものであるということ)
 文学的資質が拡大し脱皮するために
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