えこまれていて、私が其を掘り起さなければ宝と知れない宝であるとは興味つきぬことです。
気負けがおこると一大事ですから、もうあんまり小説についてのお喋りはいたしますまい。子供をおなかにもっている女のように、私は時々あなたに、小さな声でホラ、動いてよ、と告げて笑うでしょう。時には、手をとって丸い柔かい球なりのおなかの中に動くかすかな気配に黙って触れさせるでしょう。それであなたは万事を会得なさるのよ、母子とも健在なり、と。生れる迄、母親しかその存在も生長もじかには感じないという、いじのわるいよろこびを私はブランカらしく満喫しようという魂胆です。そして大いに神秘的になります。だって生命をうむものは神秘的なわけでしょう? 但、私の神秘さはヒステリーの全くの消失という、良人にとっての至福となって現れます。
十月十九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
十月十九日
又曇天になりました。いかが? こちらはずっと調子よくなおりました。木曜日ごろ上ります。
きょうは一寸御相談です。Tの結婚について。あのひとはもう二十七八になりましたが、田舎では思わしいこともないらしくて未だにああやって居ります。田舎らしい好条件がそろっていないからでしょう。ずっと気にして居りますが、これぞという思いつきもなくていたのですが、あなたは、もしや昔、牛込区の坂の近所のきたない下宿にいた、Nという早大英文科か何か出た人のこと覚えていらっしゃるでしょうか、もう四十近いでしょう、私は全く存じませんでした。わたしが留守の間本を処分するについて戸台さんにたのんだらこの人と二人で来てくれて丁寧に世話してくれたそうで、去年の暮又一かたまり払ったとき初めて会いました。今そのひとは横浜の航空機の会社につとめました。私の見たところでは人柄がじみではあるが、或るあたたかみがあり、いろいろ苦労もしたらしいから考えかたもふわついていず、瀧井孝作と俳句をやったりしている様子です。そんなことで何かわかる人柄で、手織りの紬のようだが、孝作のようにその味だけの人でもなく近代の精神ももっているらしいが、大規模の人柄ではなくて、妻はやはりうちをキチンとしていくらかは風情あるこころも解するという程度の人がいいらしいのです。てっちゃんが知っていて、わるくない人間だということでした。人柄のよさ、風流のスケール、現実性いろいろ考
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