。少くともこの位の群像はあり得るわけです。この間の手紙で云っていた部分は、飛火した大火事の口火めいた性質のものだったのですね。伸子と作者との間には前篇になかった大きい距離があります。中篇的作品の集積とはしないで、はっきり長篇の構成をもってかいてみましょうね。
「伸子」は建てましの時を予測して柱(骨組)を建物の外側に出したまま歳月を経た建築物のようなものですから。テーマは終曲を奏していないのですもの、本質的にね。おっしゃっていたとおりです。しかしそれは分っていて、分らなかったのね。(かかなかったところを見ると)
 鳥籠のあとへ来るのは、針金のかごではないがやはり一種のかごで、しかも其はまとまった形をととのえていず、歪みそのものが語っているものの多い事情です。
 伸子が小さいエゴイスティックな生活防衛の生きかたに堪えないように、伸子はその空虚な女でも男でもないような事情に耐えなかったのは、追求される価値をもっています。女の歴史の青鞜時代とその後の時代との格闘でもあります。テーマはここにあるでしょう。「青鞜時代」の悲劇が描かれるというわけにもなります。その時代には属していないが、まだ自身を発見していない伸子は何とたよりなく、しかも内在するものに、ひしとすがって、彼女の道をたずねるでしょう。我々の女主人公を愛して下さい。あらゆる小作品の列が、大きい真空に吸い込まれるように次々と長く大きい作品の中に吸収されてゆく光景の雄大さ。これは私の生涯に於てはじめて感じる感動であり、芸術の大さであり、大きい芸術の大さです。大きい芸術家にとって、この大さは遙に大であると思うと、私は昔の天文学者がやっと望遠鏡をわがものとした時のようなおどろきに打たれます。これをかき通せば私もどうやら大人の叙事詩をもつことになるでしょう。
 体のよわさがまだあって、自分にとってまだ十分強固と思うに足りる自制力がなさそうです、仕事をしてゆく上で、よ。制作を遂行させるに大事大事な力が。ですからポツリポツリと考えて、感じを追って行ってゆっくり準備いたします。喉元にこみ上げるようなものがあります。何年この欲望をこんなに大切に、ひっそりはぐくまなかったでしょう。
 今私が病気であることの天の恵のいや深さ。あなたもブランカはブランカなりに恵おろそかならぬものと思って下さるでしょう? わたしの仕合わせは人間生活の礎の中に据
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