ばいられなかったのですもの)
 二人が帰るすこし前まで国よく働いて、私は一寸しぼった雑巾であちこち拭いて手伝い夕飯後、寿が、大英断でこしらえたヨーカンまがいをたべました。
 こんな風な一日でした。毎年ぐんぐん変りますね。白木の書類分類箱があるでしょう、あれを愛用しているので、その上へ日頃気に入っているが、余り堂々としていてどんな花も似合わないようだった古九谷の花瓶に白い菊をさして飾りました。そしたらそれの美しいこと。白い花の白の美しさ、それは生きていて、やきものの白いところのつやを引き立て、更につよい渋い赤と緑、ぐるりと黄色い線と実によく調和しました。純白の花の、しかも大輪な花が似合う花瓶なんて相当なものよ。それは虚飾のない男の美しささながらで、例えばこの色彩の濃い調和とボリュームの深さをゴッホが描いたら、どんなに心をひきつけるようだろうかと、飽きることを忘れて眺めました。安井曾太郎が来たら私はこれをかくしてしまうわ。この大家の匠気はきらいです。ゴッホは春の杏の白い花をあの独特の水色と朱で何と美しく心をかたむけて愛し描いているでしょう。
 菊は十七日の朝から飾られていて、私は机の前に坐って、やや右手の下方から眺めたり、夜、スタンドの灯のややほのかな逆光に浮立つ白さを眺めたり大いにたのしみました。ことしは美味しいものもなかったし、賑やかでもなかったけれど、美しさでは一等でした。その美しさは、私の心の中に盛に流動し、胎動している仕事の欲望とよく照応いたしますし、その上、その美しさをわたしがどううけとろうとそれも私の自由。
 そうそうその上、二ヵ月ぶりのお手紙午後頂きました。いよいよあげるより頂いたお誕生日ね。
 久しぶりで、ホラ
とみんなに披露いたしました。それからくりかえしよみ、小説のこと賛成していただいてうれしゅうございます。段々考えていると、すぐあのあとからひきつづき腰をおろして書いて見ようという気がおこりかけて居ります。それぞれの時期にそれぞれの問題があり核心的なテーマがありますから。あの頃ではわからなかったものもわかったところもありますし。「四十年」をペシコフはソレントでかきました。「二十年」は書けるわけです。「伸子」の発端から云っての。
 あれにつづくすぐの時期から出発位までは一つの区切りとなります。その先の五年が一つの区切り。その先の二三年ほどが一かたまり
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