て水くみをした由です。祖父は父に早くわかれ、この母に育てられ、丁寧に仕えていたのでしょう。息子より長命して九十歳近くまでいました。あなたは北の地方の炉辺を御存じないわけね。そのぐるりの光った黒い板の間の様子なんかも、ね。このおばあさんは、或る天気のよい秋の日、午後から近所の松林にきのことりに出かけ、面白くどっさりとって来て、それを夕飯に豆腐と一緒におつゆにしてたっぷりたべて風呂にも入り、やれいい気持と横になって体をのびのびとさせたら、いびきかき出してそれなり、という大往生をとげた由です。
(前のつづき)
ロシアのきのこが、お伽話の插絵そっくりに水色、朱色のがあることお話ししましたかしら。塩づけになって居ります。大きいビア樽のようなものに入って、塩漬キューリと並び、燻製|鰊《ニシン》の下にあるのが普通の光景です。オランダ派の室内風景なんかには色彩が面白いでしょうが、日本の人にはこわいのよ。朱や水色のきのこは、何となし手が出ません。すこし上等の料理には茶色の丸っこい松露のようなマッシュルームをつかい、これはもう世界共通のありふれたものです。ローマからこの頃ヴェニスへうつったという日本の人々も、こんなマッシュルームとマカロニたべているのでしょうね。咲枝たちは、直径何寸もあるようなマカロニをみたそうです。マカロニたべて葡萄酒のむのでイタリーの人の体はどちらかというとダぶつく由。マカロニが柔かいからではないのよ、ガンスイタンソのせいだそうです。
藤田嗣治の絵は、変にアジア人の特徴[#「アジア人の特徴」に傍点]を出して、泥色の皮膚をした芸者なんか描いていていやでしたが、国男さんが十七年版の美術年鑑を買ったのを見たらば、そこに戦争絵がアリ、原野の戦車戦、ある山嶽の攻略戦等の絵がありました。目をひかれたのは、藤田が昔の日本人の合戦絵巻、土佐派の合戦絵図の筆法を研究して、構成を或る意味で装飾的に扱っていることです。更に気がついたのは、その構成にある大きさ、ゆとり、充実感が、こういう絵の求めるわが方の威力というものを表現する上に実に効果をあげています。山嶽攻略なんか、北斎の富士からヒントでも得たかと思うほど、むこうの山を押し出して、山の圧力が逆作用でこちらの圧力を転化する構成です。威力、圧力、勝利感というものを純絵画的に表現するということは一通りではありません。多くの画家は、低いリ
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