獄中への手紙
一九四二年(昭和十七年)
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)蝶番《ちょうつがい》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)折々|根太《ねだ》をも
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#二の字点、1−2−22]
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八月七日 (第一信)[自注1]〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 モネー筆「断崖」(一)[#「(一)」は縦中横]、コロー「ルコント夫人」(二)[#「(二)」は縦中横]の絵はがき)〕
(一)[#「(一)」は縦中横]七日、今朝程はお手紙呉々も有難う! ああちゃんが後手にかくして朝のお目ざめに持ってきてくれたのを、忽ち看破したまではよかったけれど、さて手にとってつくづく表紙を眺めて、封をきり、いたずら者のいない間に読もうと思ったらば、字が一つも字の格好にみえないで、すじのいり乱れで、どうみても物にならず、とうとう閉口して読んで貰う決心をつけました。目がひどくて、殆んど焦点がきまらない有様なので、いつか目を悪くした時慶応で貰った点眼薬をまた貰って、この二日程はふすまのワクが真直にみえる様になりました。自分では読めないけれど、読めないと尚手紙がほしい。この暑さをどうやら工夫して無事にしのいでいらっしゃるのは、本当に何よりのお手柄だと思います。どうぞまだこれからが大変だから、益※[#二の字点、1−2−22]御大切に願います。
(二)[#「(二)」は縦中横]今年がそんな特別の暑さと知らず、一生懸命にしのごうと思っている内に、あせもだらけになって、あせもの中から鼻の先だけ出している内、とうとうのびてしまいました。
隆治さんが丈夫になったのは嬉しゅうございます。あちら土産のタオルというのはこれから恩恵にあずかります。輝ちゃんに押して歩く玩具を送ってあげたら、丁度その頃から歩くようになったそうで、その写真というのはぜひぜひ拝見致します。冨美ちゃんのお腹ペコは他人事ならず同情します。世界中の寄宿舎でお腹の空かないというところはないようです。
この半月程の間は、寿江子も色々の思いをして役に立ってくれて、大変恩にきせられそうです。太郎が少年ぽくなって、色々と病人をいたわるという事がわかって面白うございます。
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[自注1](第一信)――前年十二月九日検挙された百合子は、はっきりした理由を示さず、翌四二年三月検事拘留で巣鴨拘置所へ送られた。七月まで調べがないまますぎた。女区は全く通風のない建てかたで猛暑の夏であったため、百合子は体じゅうアセモにつつまれて、二十八日ごろ熱射病となり人事不省に陥った。予後悪し、ということで自宅へ帰された。帰宅後二日ほどして意識が恢復した。眼の水晶体がふくれて、以来完全に視力を恢復していない。
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八月十三日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 小杉放庵筆「金剛山萬瀑洞」(一)[#「(一)」は縦中横]、安井曾太郎筆「十和田湖」(二)[#「(二)」は縦中横]の絵はがき)〕
昨日はお手紙ありがとう。あの雷と雨から、本当に朝夕が凌ぎよくなりました。色々の工夫をして暑さを凌いでいらっしゃる様子がこの頃はよくわかります。こちらはひどかった割に順調な恢復だそうですが、三十四時間程全く意識が無かったことは矢っ張りナカナカな打撃で、目や口や皮膚の神経が平常のようになるのは容易な事ではなさそうです。字は一寸も見えません、口も思わぬ処でひっかかって妙な事になります、こう云う障害は人間の体の植物性神経と云うもの(自分の意志のままにならない神経なのだそうです)の疲労で口のきけないのも言葉の記憶が無いのではなく、発音の筋肉をつかさどる神経の故障だそうです。顔付きは、どうやら私らしくなって来たそうです。今は痩せ始めています。レコード的すんなり工合です。眠ることと、食慾は大丈夫ですから御安心下さい。友ちゃんの父さんや弟さんがどうして暮しているか心配なことでしょう。島田へは今日、明日に帰った事をお知らせするつもりでした。輝ちゃんがお婆さんと虹ヶ浜で遊ぶ姿を考えるとナカナカ愉快です。(一)[#「(一)」は縦中横]
簀子小屋が松の蔭に立っているでしょうか。メリメ全集送ります。出版年鑑は不許でしたが念のため、もう一度お送りしてみます。近いうちに寿江子さんが又お会いして細かい容態をお話します。今日はむし暑い日になりました。家の小さい連中と母さんは一時帰京して、又郡山に行きました。今度は今迄にないひどい事でしたが心臓と肝臓がやっともって命を拾いました。ゆっくり構えて芯から健康を取戻そうと思っています。皆がお医者と相談して寝椅子を考えて、それを造ってくれようとしていますが、この頃は何しろ蝶番《ちょうつがい》がちゃんとしたのが無いので、ナカナカ造れません。今ねているのは下の座敷の、家中で一番涼しい処です、夜は雨戸を開けてねます。大変息が楽です、私に栄養のある物を食べさせてくれようとする苦心が一通りでないので大いに恐縮しています、スエ子さんが命の親の権利を充分に行使して頭が上がりません、盛んに一皮むける処で痒がっています。時々吹くこの風がそちらにも通っているのでしょうか、くれぐれお大切に。(二)[#「(二)」は縦中横]
八月十五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 川島理一郎筆「金剛山の秋」(一)[#「(一)」は縦中横]、和田三造筆「阿里山の暮色」(二)[#「(二)」は縦中横]、岡田三郎助筆「高森峠より見たる阿蘇山」(三)[#「(三)」は縦中横]の絵はがき)〕
(一)[#「(一)」は縦中横]十五日、昨日の朝のお手紙今朝着きました、オリザビトンと一緒に送った薬は理研のビタスであったそうです。お手許には別なのが届きましたか、若しそうだったら何かの間違いでしょう。名札でも取れたのでしょうか、お調べ下さい。隆治さんの事は腸の系統ではないかと思って随分気にして居りましたが、マラリヤではやはり後へ長く残る病気で決して安心もなりませんね、帰ってから再発して体質的に影響も多いから。送る本は私も時々心に浮べていましたが、中々これぞと思うものがなくて、もう少したったら岩波文庫で『ピーター・シンプル』というのが下巻まで揃ったら送れるだろうと思っています、そちらの目が大変に治りにくいながら悪質のものでなかったのは本当に嬉しいと思います、目は随分こたえますから。私の視力は新聞の大見出しはみえるけれど他は駄目です。体の治り方がテンポが不揃いで、いくらか起きかえる事が出来るようになっても目はずっとおくれているというような工合です。何しろ普段から左右がチンバな乱視で困っていたから。今度ももう少しのところで視力が根本的に犯される危険があったようです。
(二)[#「(二)」は縦中横]気をのんきにしているからどうやらこらえられますが、全くみえないというのではなくて物象は映っていて焦点が左右まちまちでコントロールがきかないというのは至って不安な状態です。然しこの頃は目をあけている事が多くなったから、それだけ平均が恢復してきたのだというお医者の説です。口の妙な感じは左のすみに残っているだけです。意識が恢復してくる過程は大変面白くて、決して通俗小説に書かれているような段々夜が明けるような調子のものではないことがわかりました。真暗な中にローソクの焔のような一、二点の明るいところが出来てその部分だけがはっきりとして後は全部暗いまんま、そういう点が少しずつ増えて行ってやがて互いに連がって一日の大部分がわかった状態として現われてくるので、意識が戻った後も始めの内はまるでわからない記憶にない事の方がどっさりです。一番始めの明るい点に映ったのはお医者様の顔で、親みのあるその顔は小さい小さいミニチュアールの様にみえました、昏睡をしている人間というものは大変人間離れがしてみえるそうです。そういう体の中で命と死とが微妙に交流していた時期の話は自分の今日の命の伝説時代で、珍らしく聞きます。看護婦を厭だと夢中で首を振ったそうです。
(三)[#「(三)」は縦中横]でも今は正気だからそんなわからず屋は言わないで頼む事にしましたが、さて、人がなくて昨日は待呆けました。寿江子とこの間一寸お使いに行った娘さんが代りばんこに大奮闘ですが、まだ自分では何一つ出来ない人を世話するのだから、心ざしはいじらしい程ですが素人ではヘバリ方がひどくて気の毒です。『寡婦マルタ』は家にあった筈ですからみつけてお送りします。本が不自由でなかったのは幸せでした。北氷洋の流氷の上で科学的実験をした人達の記録などは随分面白く読みました。最近『微生物を追う人々』という世界的な名著の翻訳が出ましたからお目にかけましょう。私は今寝床の上に仰向いてこんな話しをしているところへ寿江子が足許にヘバリついて涼しくない光景です。昨日から少しずつ「ピーター・シンプル」を読んでもらっています。この話は寝て読んで貰って聞いたりするのにふさわしい話で、私は恐らくこれから先何ヵ月もこうやって本は読んで貰って、書く事は書いて貰ってやるしかないでしょう。今日は長ものがたりになりました。
八月十九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 藤島武二筆「屋島山上の展望朝霧」(一)[#「(一)」は縦中横]、梅原龍三郎筆「朝の仙酔島」(二)[#「(二)」は縦中横]の絵はがき)〕
(一)[#「(一)」は縦中横]十九日、今日は写真有難う御座いました。輝チャンの洋服姿は中々傑作です。如何にもハーティな笑顔で、若しこういう笑顔を青年になっても持っていたら大したものです。目に特徴があって、これはお母さんのお目と似ていて、叔父さん達の目とも似ています。大変愉快で有難う。隆治さんも大人らしい面持になりましたね。あごなども大きくなって。まだどの顔もおぼろおぼろでそれが心残りです。然もおぼろおぼろという時はおろろおろろに近くなるに於てをや。今日四時過ぎに開成山から親子四人が帰ります。一昨日やっと看護婦さんがきて、二人の篤志看護婦はいささか息をつきます。然し忽ち秘書に代らなければならないから楽隊屋でない方は中々放免されません。
(二)[#「(二)」は縦中横]メリメ全集は古いのを集めたそうで一巻が欠本です。六巻まであるそうで、お言葉通り三、四、五とお送りしてみます。六巻はまた続けて送ります。『娘インディラへの手紙』[自注2]は大変面白く読んだものの一つでした。あの本の書かれた状況についてもさまざまの感想を持ちました。「スクタレーフスキイ」という小説はどうも本物でありませんね。「黄金の仔牛」という諷刺小説がゴーゴリの風下にたってちっ共新しくなかったように、この小説の心理主義も至って古めかしく感じられるのは不思議です。これらの事も中々興味のある問題ですが、もっと口がまわるようになってから。たった一つの自慢は一人で起き返るようになってテーブルにひじをついてウナル事が出来るようになりました。
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[自注2]『娘インディラへの手紙』――ネール『娘インディーラへの手紙』インドをふくむ東南アジア史。
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八月二十日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 青山熊治筆「ばら」の絵はがき)〕
二十日、今朝の空の色と風の肌ざわりは何と秋でしょう。目が覚めるとああ秋だと強く感じられました。そちらにもこんな風が入るでしょうか。二十日過ぎてこんなに秋になるとは目新しい感じです。病気して秋になった事が始めてだものだから、何年か前にあなたが苦しい夏を過してやっぱり今朝の様に秋を新鮮にそして亦爽やかな哀感をもってお感じになった日があったろうと云う事もしみじみと思いやりました。病気をするとおもいやりの細かくなるところもあって、つまりはあなたも損はなさいませんね。私のペンは口をきくものですから、
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