なったから、それだけ平均が恢復してきたのだというお医者の説です。口の妙な感じは左のすみに残っているだけです。意識が恢復してくる過程は大変面白くて、決して通俗小説に書かれているような段々夜が明けるような調子のものではないことがわかりました。真暗な中にローソクの焔のような一、二点の明るいところが出来てその部分だけがはっきりとして後は全部暗いまんま、そういう点が少しずつ増えて行ってやがて互いに連がって一日の大部分がわかった状態として現われてくるので、意識が戻った後も始めの内はまるでわからない記憶にない事の方がどっさりです。一番始めの明るい点に映ったのはお医者様の顔で、親みのあるその顔は小さい小さいミニチュアールの様にみえました、昏睡をしている人間というものは大変人間離れがしてみえるそうです。そういう体の中で命と死とが微妙に交流していた時期の話は自分の今日の命の伝説時代で、珍らしく聞きます。看護婦を厭だと夢中で首を振ったそうです。

 (三)[#「(三)」は縦中横]でも今は正気だからそんなわからず屋は言わないで頼む事にしましたが、さて、人がなくて昨日は待呆けました。寿江子とこの間一寸お使いに行
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